スノーフレークス
 両親に今あったことを話すと、二人は僕の話に半信半疑ながらも長男の寝室に行ってみたのさ。そうしたら兄貴は自分の部屋の中でちゃんと布団の中にいたんだよ。親は『なんだ、ここにいるじゃないか』って安心したんだけど、よくよく見ると兄貴の様子がおかしいんだ。あれほど咳き込んで熱にうなされていたのに、今は実に涼しい顔をしているじゃないか。
 もしかして風邪が治ったのかと思って両親は兄貴の額に触れたんだ。でもその時すでに兄貴は息を引き取っていたのさ。それがわかった瞬間に両親が上げた悲しい叫び声が、まだ僕の耳に残っているよ」

 長い睫毛が彼の涼しげな瞳に翳を落とす。
 澁澤君にそんな悲しい過去があったなんて私はどういうふうに声をかけていいのかわからない。大切な家族の一員を失うということはどんなに辛いことだろうか。
「君の言うことが本当なら、あの夜雪女が病気で死んでいく兄貴の魂を苦痛から解放したということになるな。あの晩見たのはおそらく氷室さんの母親なんだろう」
「そうよ。晶子さんは、氷室さんのお母さんは、あなたのお兄さんを殺したんじゃなくて、痛みに苦しんでいた彼の最期の瞬間を楽にしてあげたのよ。お兄さんが亡くなったことは本当に残念だけど彼の寿命はそこで尽きる運命だったのよ。彼女はただ彼を救いたくてああいうことをしたのよ」
 私は澁澤君を諭した。でも彼はまだ苦い顔をしている。一度に全てを納得しようというのは無理なことなのかもしれない。
「この話にはまだ続きがある。一年半前、僕はこの高校へ入学した。ここで、七年前に見た不思議な女と全く同じ顔をした女子生徒に会って僕は驚愕した。背筋が凍りつくほど怖かったよ。あの女がその姿を女子高生に変えて僕を追ってきたのだろうかとさえ思った。なにしろ雪女の伝説では、雪女のことを他言した者は殺されることになっているからね。幸い、その後に僕が気持ち悪い目にあうことはなかった。わかると思うけどその女子生徒が氷室さんなんだ。さっきの君の話だと彼女と母親は似ているそうだね」
 澁澤君の言葉に私はうなずく。

「それにしても死者の魂を冥界へ送り届けるだなんて、彼女たちはまるで銀世界のワルキューレだな」
 澁澤君がつぶやく。
「ワルキューレって何?」
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