スノーフレークス
「実は子どもの頃に一度、雪女を見たことがあるんだよ」
澁澤君は少しためらってから幼い頃の話を始めた。
「僕は湧水寺の一人息子だけど以前は兄貴が一人いたんだ。二歳年上の兄貴は病弱でしょっちゅう体調を崩しては床にふしていたよ。兄さんだっていうのに僕より一回り小さくていつも青白い顔をしていた。親が言うには幼児の時から千人に一人の確率で発症する難病にかかっていたんだそうだ。医者の診断では十五まで生きられるかどうかわからないって話だった。
僕が小学校三年生の冬に兄貴が風邪をひいたんだよ。ただでさえも体の弱い兄貴だから風邪をこじらして気管支炎になってしまったんだ。毎晩、兄貴が熱と咳で苦しんでいるのが僕の寝室にまで聞こえてきて辛かった。発症から二週間近く経っても風邪は一向に良くならなかったんだ。
あれは雪の降る夜だったよ。僕は夜中に目が覚めて廊下に誰かがいる気配を感じた。部屋の戸を開けて廊下に出ると、兄貴が寝巻き姿で玄関の方へ向かっていく。おやと思って僕もその後を追うと、兄貴は裸足のまま玄関を開けて外に出ていくじゃないか。僕はもうびっくりして兄貴の後を追ったんだ。
あの雪の中を、兄貴はとても風邪っぴきの子どもとは思えないような速さで歩いていくんだ。傘も差さず長靴も履かずにあの凍った道を歩いていくんだ。小さな僕は雪道を一生懸命歩いてその後を追ったんだ。ちょうど、あの吹雪の晩の君みたいに薄着の病人の後を追っていた。
四つ角を曲がると、そこには兄貴の他に白い着物を着た一人の女がいた。女は血色の無い白い顔をしていて、吹雪の中で黒くて長い髪をなびかせていた。ぞっとするほど美しい女だったよ。女は兄貴の小さな手を引き寄せると、口からフーッと白い息を吐き出したんだ。それを受けた兄貴は女の胸に倒れこんで意識を失った。
次の瞬間、女と目が合ったんだよ。黒々とした目がとても恐ろしかった。僕はもう腰が抜けそうになったんだけど、なんとか立ち上がって寺の方に逃げ出したんだよ。怖くて後ろなんか振り返れなかった。ほうほうの体で寺に帰った僕は両親の寝ている部屋に飛び込んで大泣きした。
澁澤君は少しためらってから幼い頃の話を始めた。
「僕は湧水寺の一人息子だけど以前は兄貴が一人いたんだ。二歳年上の兄貴は病弱でしょっちゅう体調を崩しては床にふしていたよ。兄さんだっていうのに僕より一回り小さくていつも青白い顔をしていた。親が言うには幼児の時から千人に一人の確率で発症する難病にかかっていたんだそうだ。医者の診断では十五まで生きられるかどうかわからないって話だった。
僕が小学校三年生の冬に兄貴が風邪をひいたんだよ。ただでさえも体の弱い兄貴だから風邪をこじらして気管支炎になってしまったんだ。毎晩、兄貴が熱と咳で苦しんでいるのが僕の寝室にまで聞こえてきて辛かった。発症から二週間近く経っても風邪は一向に良くならなかったんだ。
あれは雪の降る夜だったよ。僕は夜中に目が覚めて廊下に誰かがいる気配を感じた。部屋の戸を開けて廊下に出ると、兄貴が寝巻き姿で玄関の方へ向かっていく。おやと思って僕もその後を追うと、兄貴は裸足のまま玄関を開けて外に出ていくじゃないか。僕はもうびっくりして兄貴の後を追ったんだ。
あの雪の中を、兄貴はとても風邪っぴきの子どもとは思えないような速さで歩いていくんだ。傘も差さず長靴も履かずにあの凍った道を歩いていくんだ。小さな僕は雪道を一生懸命歩いてその後を追ったんだ。ちょうど、あの吹雪の晩の君みたいに薄着の病人の後を追っていた。
四つ角を曲がると、そこには兄貴の他に白い着物を着た一人の女がいた。女は血色の無い白い顔をしていて、吹雪の中で黒くて長い髪をなびかせていた。ぞっとするほど美しい女だったよ。女は兄貴の小さな手を引き寄せると、口からフーッと白い息を吐き出したんだ。それを受けた兄貴は女の胸に倒れこんで意識を失った。
次の瞬間、女と目が合ったんだよ。黒々とした目がとても恐ろしかった。僕はもう腰が抜けそうになったんだけど、なんとか立ち上がって寺の方に逃げ出したんだよ。怖くて後ろなんか振り返れなかった。ほうほうの体で寺に帰った僕は両親の寝ている部屋に飛び込んで大泣きした。