天使の傷跡

電車に揺られること十分。考え事をしている間にあっという間に目的の駅に辿り着くと、そこから会社までは徒歩で向かう。その時間およそ三十分。
人が聞けば随分遠いのねと思うだろう距離は、実際はせいぜい一キロ前後だろう。
その距離を、私は普通の人の二倍以上の時間をかけてゆっくりと歩いて行く。


___そうすることで自分の体と向き合っているのだ。


中学三年生の夏休み、私は交通事故に巻き込まれ、生死を彷徨った。
幸いにも一命を取り留めたものの、私の体には後遺症が残されてしまった。
数ヶ月の車いす生活を余儀なくされた左足は、懸命のリハビリの末、なんとか日常生活に支障はないレベルまで機能を回復させることができたものの、走ることは難しく、歩くスピードも普通の人よりはずっと遅い。

思うように動かない足がもどかしくて、半ば自棄気味に走ろうとしたことも幾度となくある。けれど、その度に体が悲鳴を上げ、自分の限界を思い知らされてきた。

その度に落ち込み、そして立ち上がり。
少しずつ少しずつ、自分が生きていくために必要なことを学んできた。

毎朝6時の電車に乗って出社するのも、社会人として周囲に迷惑をかけないための自衛策の一つだ。

…もう二度と、あんな思いなどしたくはないから。

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