天使の傷跡
やがて辿り着いたドアを前に、いつもよりも二回多く深呼吸を繰り返す。
そうして心を整えると、大丈夫だと自分に言い聞かせるようにコクンと頷いてドアノブへと手を掛けた。
「おはようございます」
その声にパソコンと睨めっこをしていた人の顔がぱっと上がる。
「おはよう。今日も早いな」
くしゃっと目尻に皺を寄せて笑う姿に、キュウッと胸が締め付けられる。
けれど絶対にそれを表情に出したりはしない。
「それを言うなら課長じゃないですか。相変わらず朝から働き過ぎですよ」
「ほんとだよなー」
早くも山積み状態のファイルを前にハハッと笑いながらも、その顔は生き生きとしている。
「…こちら、どうぞ」
バッグから取り出したものをデスクに載せると、課長の顔がさっきとは比べものにならないほど輝いた。
「おぉっ、サンキュ! いつもいつも悪いな」
「…業務が滞りなく進むために協力してくれなんて言われたら、部下としては断れないですよ」
「ははっ、そりゃ確かに。…うん、今日もウマイっ!」
早々に中身を取り出すと、課長は勢いよくおにぎりにかじり付いて子どものように顔を綻ばせた。