天使の傷跡
私と課長のこの奇妙な時間が誕生したのは、私がここへと異動してすぐのこと。
異動初日、いつものように7時前に出勤した私よりも先にこの場所にいた人。
それが他でもない日下部課長だった。
別に一番乗りに拘っているわけでもなかったけれど、これまでは結果的にそうなっていたから、きっとここでもそうなのだろうくらいにしか思っていなかった。
『お、早いな。おはよう』
『お、おはよう、ございます…!』
入るなり目に飛び込んで来た人物に、私は額面通り硬直した。
ただでさえ部署の異動に緊張していたのに加え、遠くから見るだけだったはずの雲の上の人の登場に、心の準備も何もできていなかったのだ。
『水谷だよな? 課長の日下部だ。今日からよろしく頼む』
『っは、はいっ! よろしく、お願いします…!』
いつの間にか目の前に立っていた課長が差し出した手に、ガッチガチになりながらもなんとか自分の手を重ねるだけでも精一杯だった。
大きいのに触れた手はフワリと柔らかくて温かくて。
その感触はいつまでも私の中に残された。