ヒグラシ

石段を上がりきり朱い鳥居をくぐると、神社の境内となる。普段は無人で、境内に設置された小さな鉄棒やブランコは、子どもにとって格好の遊び場だ。

その鉄棒に、樹がもたれて待っていた。
薄暗くて、近付かないと表情が分からない。私は黒っぽい土の上を歩いて、樹に近寄った。


「佳奈!」


あと少しで声を張らなくても会話できる距離になるというギリギリのところで、樹は私を止めた。


「そのまま、そこにいて。ーー笛、吹くから」

「え、笛……って」


笛なんて一体どこにあるのかと問いかけようとしたが、いつの間にか樹は笛を構えていた。手元まで見ていなかったが、車を降りたときに持って来ていたようだ。

私の方へ一瞬視線を向けた後、樹は笛の唄口に自分の口元を寄せ、短く深く息を吸った。ひゅっと空気の音が聞こえた後、高い音が辺りへ響く。


観客は、私ひとりだけ。
スポットライトも何も無い日没間近の夕暮れ時はどこか物悲しいけれど、まるで樹の笛の音を聞いて演奏に参加したくなったみたいに、神社の周りの木々がさわさわと優しく揺れていた。

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