恋の人、愛の人。

バラエティー番組からチャンネルが変わり、映画が始まる時間になった。

静かな街中のシーンから始まったと思ったら、いきなり戦慄が走るような殺人が始まった。
悲鳴は逆に無理だ。圧倒されて声も出ない。ただ息を呑んだ。

「く、黒埼君…凄いね…見えてる訳じゃないけど、この殺人シーン…。大丈夫？」

「あ、はい。い、いきなり不意をつかれましたね…」

…あ。フ。黒埼君が布団の上で慌てて場所を探り手を握ってきた。…叱れなかった。何も言えなかった。
顔は画面に釘付けのままだ。ギュ−ッと握るから、多分これは、無意識に安心を求めてだと思った。もしくは、その反対。
私に、梨薫さんだって恐いでしょ？だから握っておきますねって…事かな。

息はしてるのだろうか。横顔はずっと食い入るように画面を観ている。
息をする事を忘れているという例えがあるが、まさにそんな感じに見えた。

勿論、映画の中での事、演技ではあるが、何故、死んだような目をして人を殴っているのだろうと思った。それが犯罪者の目という事なのだろうか。表情の無い顔で殴り続ける。…刺し続ける。
酷い状態になっているだろう。もうきっとグシャグシャだ…と思わせる撮り方だから、観る人の想像力に委ねたところは多分にある。あんなに返り血を何度も…。
私は吐きそうなくらい想像してしまう。黒埼君はどうなんだろう。チラッと横顔を見た。
あ…嘘…何だか……そんなはずはないのに。…似てる気がした。違うのに…馬鹿ね…。

観ている側に犯人は解っている。連続殺人を追いながら解明していく訳だ。複雑に、観る側に考えさせるストーリーは好きだ。…殺人までの心理、過程。
観ていたら解るだけの話はつまらないからだ。

「梨薫さん…大丈夫ですか？…。俺、こんな映画好きです。こんな殺人が好きって訳じゃないですよ？難解であればある程好きです。単純なのは逆に観なくていいと思っているから。人によって解釈が違っていてもいいのって、上手く出来てますよね。こんな創りにされると、どうしても、見入ってしまうから」

「そうね。…ただし、観てるけど、こんなの夜中に観たら、脳が興奮して中々寝られなくはなるわね…」

「…は、い」

一体どこが……横顔の顎のライン、鼻筋…目尻。はぁ…。今更……何…きっと薄暗闇の陰影のせいね。
…稜に似てるなんて思ってる私は…どうかしている…。有り得ないのに。黒埼君の顔は散々見てきてたはずなのに。こんな風にじっくりと見た事がなかったから…。

んー、どうやら、私より熱中してるようだから話し掛けてよさそうなのはＣＭ中だけって事になりそうね。