恋の人、愛の人。


本来はこういう事だ。
一人でこんな風に来て、ただ打ち寄せる波を見つめ、波の音を音とも意識しない思いで聞いている…。
そんな物を想像していたんだ。
今夜、月は無い。だから星がさんざめいて綺麗に見えていた。

懐中電灯の明かりを消し、浜辺の手前の階段に腰を下ろし、膝を抱え顎を乗せた。
…凄い…今の私は抜け殻だ。…何も考えられない。だからだ。これは与えて貰った貴重な時間だ。
昨夜散々泣いた…泣かせて貰った…何も考えないでいられる状態になれているという事だ。
稜…、と呟いても、今、涙は出て来ない。…もう私は冷たいのかな…。
…忘れたんじゃない。忘れられるはずがない。

私の知らない稜の事、知りたくなった。
学生の時はどうだったんだろう。…やっぱり彼女は居たのかな。きっと居ただろう。では何故出会った頃はフリーだったんだろう。やきもちを妬きたくなかったから聞く事もしなかった。
生まれた時はどんな赤ちゃんだったんだろう。大きかったのかな。初恋はいつだったんだろう。バレンタインにはチョコ沢山貰ったのかな…。貰ったよねきっと。
何も聞いてなかったな。…ただ一緒に居る事だけで良かったというか、毎日が幸せ過ぎて…だから駄目だったのよね自分ばかり幸せで…。ちゃんと稜を見てなかったから。稜の微妙な変化にも気づけなかったんだ…。体調が悪い事も…隠していても違いは必ずあったはず。どうして…全然私は……。
今ではどうにもならない後悔ばかりだ。

「…大丈夫か?」

「わあっ」

不意に掛けられた声にびっくりした。…はぁ、陽佑さん。チラチラと明かりが近づいていただろうに。

「悪い、驚かせたか。黙って出かけるな…、心配する」

「…ごめんなさい」

陽佑さんのサクサク歩く足音だってしていただろうに、気がつかなかった。

「はぁ…、まあここら辺は危ないお兄ちゃんがうろうろするところじゃないから…だけど、夜中に女一人、しかもそんな格好で、…いただけないな」

私は楽なキャミソールのルームウエアだった。肩にカーディガンが掛けられた。自分ちの庭先に出た気分で居た。
カタッと懐中電灯を置く音がして、煙草に火をつける音がした…。陽佑さんは風下に居る。私に煙は来ない。

「有り難うございます。
…ごめんなさい。昼間はごめんなさい、余計な事をして。自分の事しか考えてなくて」

「フー。ん?…そうだな、あれは駄目だ。どんな話し方をしても、一緒に居た、それだけでも完全にそんな仲だって思ってるところに、更に誤解しただろうからな…」

「…ごめんなさい」

「別に…誤解するなって言っとくから心配するな」

上から頭をぱすぱすされた。

「…はい」

…はい、か。

「邪魔じゃないか?居ても」

「はい」

「ボディーガードのつもりくらいで居るから。岩くらいに思っとけよ」

私から離れたところに腰を下ろした。

「…はい」

「フ」

暫く居て戻ったけど、ずっと何も話さなかった。
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