恋の人、愛の人。


「…そんな弱気な事…らしくないと言っても、部長の事はよく知らないですが。…今は私の方が基本、沈んでいるんですよ?
もし、相性という言葉で簡単に片付けていいのなら、巡り会ったタイミングが悪かったのだと思います。私を知る前に、もっと奥様の事を理解していたら違ったかも知れない。性格の不一致と言ってしまったらそれまでです。でも、お見合いだって一つの出会いですから。穏やかに好意的ばかりではなく、劇的に恋にだって落ちる時は落ちますから。
奥様も部長も、どちらも、ただ何となく、状況で結婚しただけだったんですよ。それならそのままだったら良かったのに、急に頑張りだしたから。最初からどちら共冷めた結婚なら、ずっと冷めていたら良かったんです。中途半端に歩み寄ろうとするからですよ。
私は結婚の経験の無い、我が儘な人間ですから、解らないです。だから勝手に言わせて貰いました。
…だから、結婚が駄目になった人が駄目かと言われたら…。結婚のどこが駄目だったかを知っているから、その部分では同じ失敗はしないのではないかと思います。
その失敗の部分が、しようもない理由で繰り返してしまいそうな人なら、最初から論外ですけど」

離婚が多少なりとも気にはなっているという事だ。だから私に結婚した理由、別れた理由を話しておきたかった。

「部長、帰りませんか?私、仕事の鬼ではありません。私が居なくても困りはしないと思います。でも、今日一日の一人分、出来ていた仕事が、誰かの負担になっているのは確かなんです」

解っている。部長が無理をして時間を作った事も。
私達が当たり前に休んでいる休日だって、部長は仕事で休みが潰れてしまう日だってあるだろう。日々、責任の重い位置で仕事している事も…他人事にしか解らないけど、大変だろうと思っている。
せっかく作った時間。さっきみたいな事を言ったら、私の頭に部長は無い…仕事の事しか頭にないのかと思われたかも知れない。
実際、稜と別れてからの私は仕事をするしか無かったから。毎日大した事はしてないけど、ルーティンのようにただ仕事をする事で過ごせて来れていたんだ。

それが…急に自分の頭になかった事を放り込まれても、あたふたするだけで…。
でも…。

「部長…、部長の部屋に行くのは駄目ですか?」
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