恋の人、愛の人。
ちょっと…大変。大変な事に…。いろいろ混ざって、ややこしくなってる。
「ちょっと待って…無い無い。違う違う」
取り敢えず否定した。
「あ、でも…。ごめんなさい、中々声を掛けられなくて。来る途中で、黒埼さんだ、と思って。近づいて…。聞くつもりはなかったんです。でも、後ろを…結果会社までずっとついて来たみたいになって。
話が自然に…聞こえてしまって。…あの…」
「あ、えっとね。大丈夫、違うから。聞いた事は気にしないで。それから、黒埼君とはつき合ってないから、別れるとかも元々ない事よ?」
変な汗が出るほど焦った。
「…でも…部屋がまだとか。あ、ごめんなさい、がっつり聞いてしまって」
好きな人の会話だもの、一言一句逃さないように聞き耳を立てるだろう。部屋、それよ…。それはどういう風に説明しよう。どこら辺から聞いてたのかな。んー…。
「あのね…黒埼君なんだけど、同居してた部屋から出ないといけないらしいの。だから部屋を探してるみたいよ?」
勝手に人の事情を言ったらよくないと解っている。後で謝らなきゃ。
「…同居?」
「そう、同居。男性と、ルームシェアしてたみたいよ?」
「男性?…そうなんですか…男性と…」
「う、ん。そうみたいよ?」
…解る。釈然としてないのでしょ?聞いていたのなら話の辻褄が合わないって。何だか誤魔化されたって。でも勝手に話していい事ではない。
「…梨薫さんだから言います…私、入社した時から黒埼さんの事が好きなんです。この前、誰か好きな人が居る事、何となく梨薫さんにバレたと思うし…。だけど、思ってるだけで…勇気がなくて。…黒埼さんは人気があるし。好きな人いっぱい居そう…、ライバル多そうだし…」
「好きなら好きって言ってしまえば答えは出るわね。答えが要らないなら、ずっと思っているだけでいいんじゃない?
…その変わり、誰かに告白されて後悔しても、それを諦められるならだけど。いいの?それで?時間の無い朝に話す事ではないけど」
…。
人の事だと自分でもできない事をアドバイスのように簡単に言えてしまう。勇気がないって言ってる子にこんな追い込むような言い方をしなくていいのに…。自分が少し優位なところに居るとでも…どこかで思ってるのかも知れない…。私は…黒埼君に好きだと言われてる。何だかんだ言って、部屋に泊まらせている。
それに私は…少し気持ちが芽生え気味のような…解らない状態…。
惚けた事を言っていいわけでは無いのだけど…。私と黒埼君はね、と、言える関係性でも無い…。
「いいんです、…恐いから。私なんて…無理ですから」
「そうなの?…」
そうは思ってないだろう。誰しも好きな人との思いは成就したいと願っているだろうに。
「ごめんね、簡単に頑張ってみたらとは言えないけど」
私、応援するよ、なんて事も言えない…。
「とにかく、今は時間もないから、またにしようか」
「はい」
て、話す事はもう特に無いか…。