恋の人、愛の人。
カチャカチャ。
…ん。あれ?クンクン…この匂い。
廊下を進んだ。
「梨薫さん?」
「あ、お帰り」
「…ただいま、です」
あ、やっぱり、ご飯作ってる?…。
「あ、ごめん。帰ってぼーっと色んな事を考えてたら、何か普通にご飯作ってて。出掛けようかって言ってた事…気がついたんだけど、もう作ってたから、二人分作っちゃった。だから、今夜は、うちで一緒に食べよう?いい?」
「あ、はい。俺は嬉しいです」
…エビチリ、だ。
「そう?…じゃあ、先に、…お風呂にする?それともご飯にする?」
あ…鞄を引き取ってくれた。
「有り難うございます。ベタですが、そこに、私にする?は入らないんですか?」
上着を脱ぎネクタイを解いた。
「えー、入らないわよ。馬鹿言ってないで。じゃあ、先に食べる?」
話しながら受け取り、ハンガーに掛けてくれた。
「…あ、有り難うございます。はい、食べます、ご飯。何だか有り難うございます」
「ん~?…」
泊まってはいるけど、食事に関しても干渉はしていない。だから、こうして作って貰った物を食べるのは、こうなってから初めての事だ。
「桃子ちゃんね、私達の話を聞いて、どうやら黒埼君がうちに泊まっているって、ま、同棲?てニュアンス。雰囲気で知ってしまってると思うの。誤魔化そうとはしたのよ?先輩とのルームシェアの話をして。だから、部屋を探してる話と合わせて、私と同棲してるのですかとか、別れたのですかって、ちょっと、話を複雑に誤解させてしまったかも知れないの…。
黒埼君が部屋を探してるのを、私が急かしてるような話もしてたじゃない?それって別れたんだから早く出てってみたいな。
あー、何だか、私、話し方、下手。ごちゃ混ぜに言ったけど解った?」
「大丈夫です。だから…、自分が知らなかっただけで、俺達はとっくに同棲するような関係で、それが別れる事になったから、部屋を探して早く出てくれみたいに理解したって事かな、ですよね?」
「そう。そうかも知れないけど、そうとも言い切れないかもなの。とにかく桃子ちゃんに話は全部聞かれたと思う」
「それならそれで、そう思って貰ってても俺は別に…、どうでもいいです。本当の事は大事な人に解って貰っていればいいだけですからね」
「私とつき合って別れたなんて誤解…、あまりよろしくないわね…」
「詳しい事は誰も知らない。別に俺が、…年上の梨薫さんをこの期に及んで捨てた、みたいに言われても、事実じゃないから俺は平気ですよ?」
ある程度つき合って、年上の女を捨てるって…ありそうな事を言うわね…。
「仮に、ちゃんと同棲している仲だとして。そんな関係なら、俺は捨てたりしません、有り得ない。あるとするなら逆です。
俺が愛想を尽かされるってパターンかな。人として、足りないとかね。…子供ですからね、俺は」
…もう。…直ぐフォローしない私も…どうなんだかだけど。言いようが無いし。
「エビチリ、凄く上手いですね」
「…え、あ、そう?味の好みが合ったのなら良かった。作り慣れてるからかな。昔からよく作ってるから。……あのね…昔々、あるところに…ある男と女が一緒に生活をしていました。あ、それはここか。ここでね…」
「梨薫さん?…」
「フフ。あ、気にせず食べてて。今の私達の事じゃないのよ。
はぁ…、最近ね、前にも増して、その、前につき合っていた男の人の夢を見るのよね…。
前は間隔がもっと空いてたのに、最近は割と頻繁に…。一度見たら意識し始めちゃったのかな…。黒埼君と接するようになって特によ?可笑しいわよね…。もう、とうの昔に終わった人なのに。その人がね、好きだったのよね、エビチリ…。
あ、何かごめんね、こんな事言って。今夜作ったからって、特に深い意味はないのよ?
元々私がエビチリ好きだったから」
「…好きでしたか?」
「ん?あぁ、その人の事?…うん…凄く好きだった。凄く素敵な人だった。
過去の話だからって美化してる訳じゃないの…。優しくて…掛け替えのない人だと思ってた。だけど…へへへ、……終わっちゃった。…はぁぁ。きっと私の何かが駄目だったんだろうね。それに私が気がついて無かったんだと思う…」