恋の人、愛の人。
「…あまり、昔を思い出してほしくないな」
「え?」
「今の君は、恋する顔になっていたから」
あ。慌てて両頬に手を当てた。
「…すみません。…恥ずかしい。随分昔の事です。若かったから…、凄く夢中になって一方的に思ってた時の事を思い出してしまって」
「いや、いいんだ、当たり前だ。……昔も今も妬けるな…」
「え?」
「ふぅ。今日はこのくらいにしておくよ。もう、小籠包も火傷するほどは熱くないだろう。食べてしまおう」
「…はい」
内容は別として、少しでも話した事で幾分か食べ物が喉を通り易くなった。
だけど問題は出来た。部長が真面目につき合いたいなんて言ったから。
「料理はするの?」
「はい、普通に。でも、一人ですから、いつもきっちりとという訳ではありません。部長は?されるんですか?」
「出来ない事はないな。でも今は一人。厳密にはかなり前から一人だったから料理は作れる時に気分転換程度だな。忙しいと言ってしまえば言い訳かな、殆どが外食になってしまってる。その方が無駄がないかな」
男の人だし、忙しいのは確かだろうし、つき合いも多いだろう。一人分を作る方が面倒臭いだろう。
「あの、今日の事ですけど、うちの課長、何か勝手に思い込まないでしょうか。帰り際、かなり興味津々な顔で見てたので…」
「何を思うかは個人の勝手だが、そこは迂闊な事はしないんじゃないのかな。課長が悪知恵が働くのならだ。簡単に噂にしてしまうより、上司の秘密は握っていた方が得策だ。いざという時に使えるからな」
「え…部長…そんな事、大丈夫でしょうか」
課長のお腹の中までは解らない…。
「心配は要らない。何も悪い事はしていない。今日は私がちょっと迂闊だったんだ。
私も独身、君も独身だ。社内恋愛も自由だ、何も言われる事はないはずだ」
「理屈はそうですが。部長が離婚前に不倫でもしていたのかと誤解されてしまいませんでしょうか」
離婚したばっかりの部長だから。それに私が関わっていたとなりはしないだろうか。部長室でのことも。陽佑さんが言ってたみたいに誰かの目に触れていたら…。別に自分の保身ではない。身の潔白は証明できるし。
噂とはいえ何もない部長が誤解されてしまうからだ。
「私なら大丈夫だ。
君が不利になるような噂は立たせないから、大丈夫だ、心配ない」
…あ。ちらっと見た顔は熱い眼差しだった。
「そんなモノは、持ち上がる前に私が全力で潰す」