あの日みた月を君も
しばらくの沈黙があった後、

「何もないわ。父の銀行が倒産して、私が離婚しただけよ。」


静かな口調で言った。

「さ、冷めちゃうわ。早く食べましょう。」

アユミはくるっと笑顔に代わり、おいしそうにハンバーグを口に入れた。

「懐かしいわ。味も全然変わってない。」

そう言ってはしゃぐアユミは8年前とちっとも変わっていないように見えた。

でも、

アユミの何かが違っていた。

アユミはアユミだけれど、僕の知らない過去がアユミに影を落としている。

「僕じゃ力になれない?君の今抱えている苦しみに。」

ハンバーグを噛みしめているアユミの表情が固まった。

「・・・どうしてそんなこと言うの?」

「アユミの苦しみが見えるから。」

「何言ってるの。別に苦しくなんかないわ。昔よりも生活が少し厳しくなっただけよ。」

「嘘だ。」

「嘘じゃない。」

アユミの語調が強く響く。

一瞬の静かな間から、また店内のざわめきが戻る。

「アユミは変わった。もちろん変わらない部分もたくさんあるけど、何か違うんだ。だから、僕は少しでも君の力になりたい。」

「気持ちは嬉しいわ。でも、」

アユミは僕の目をしっかり見つめて言った。

「あなたにはもう大事な家族がいる。私なんかの心配するより家族の幸せを守ことが一番大切だわ。」

知ってたんだ。

体の奥の方の何かがストンと落ちていく。

僕は何を期待していたんだろう。

アユミは、僕が邪な気持ちで近づいてきたと思っただろうか。

それは違う。

アユミの目からは今にも涙がこぼれそうだった。

「男の人の力は、もう借りないって決めたの。1人で生きていくから安心して。」

何かあったんだ。

アユミの目の奥から悲しみがいくつも見える。

僕にはわかる。

だって、僕にとってアユミは・・・。


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