あの日みた月を君も
「とりあえずさ、悪いことは言わないから、研究部長に就任する前に、自分の気持ち整理して決着つけとけよ。」

「どう決着つけろってんだ。」

「ミユキちゃんとの生活の基盤をしっかりとしたものにするって決意さ。じゃないと、いつまでたってもお前の腹の奥は定まらないままで、いい研究なんてできないぞ。」

「えらそうなこと言うよな。何も知らないくせに。」

僕は空になったグラスをママに見せて、人差し指を立てた。

ママはにっこり微笑んで、すぐに新しいビールを持って来てくれた。

「あなたたち、何食べる?」

そういえば、ビールだけで何も頼んでいなかったことに気づく。

「だし巻き卵。俺大好きなんだ、ママの作るだし巻き。」

マサキは頬杖をついて、ママの丸い顔を見上げた。

「いいわよ。お隣のあなたもそれでオッケー?」

「はい、もちろん。」

「あとは、ママのお薦め料理、2,3品お願いするよ。」

「はいはい。」

ママはエプロンを締め直すと、早速調理場へ向かった。

その後ろ姿を見つめるマサキに言ってやった。

「お前こそ、早めに決着付けといた方がいいんじゃない?」

マサキは僕の方にチラッと視線を向けてビールを飲んだ。

「俺はちゃんと考えてるさ。一件落着してからって決めてるんだ。」

「一件落着って、何だよ、それは。」

新しく泡だったビールが喉の奥をゆっくりと流れていく。

「俺の初めての記事に関わった人だってさっき言っただろ?俺は、戦争孤児の特集記事を任されていてさ、ママは俺が取材した戦争中に母親と生き別れた孤児の1人だったんだ。」

「そうだったんだ。」

マサキの目は悲しみの色に沈んでいるように見えた。

そんな取材、きっと辛かったに違いない。

あの明るく笑うママにも、そんな辛い過去があっただなんて思いもしなかった。
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