あの日みた月を君も
episode-7
episode-7


研究部長の内示を受けて2週間が経った。

社長と共に研究部立ち上げの最終調整が行われている。

細かい作業は、経営者の大変さを垣間見ることができた。

新しい部門を作るのは、そう簡単ではないということを。

それだけに、僕が就任するということは重く背中にのしかかっていた。

恐らく口添えしてくれたであろうミユキに感謝するも、まだ家には早く帰れずにいる毎日だった。

カウンターで1人酒を飲む。

財布から、アユミの連絡先が書かれたメモ書きを取り出した。

マサキが書いてくれた番号は随分色あせていた。

このまま放置しておけば、読めなくなってしまうだろう。

読めなくなるまでこのまま置いておくのか、それとも読める間に連絡を取るのか。

電話をかけるという単純な作業が、今の僕には大変な決意で挑まなければならない事だった。

今夜は酒を飲み過ぎたのか、気がつけば公衆電話の前に立っていた。

アユミの番号を眺めながら、10代の若者のように胸が高鳴っていた。

かけたところで、出るかどうかはわからない。

出なければそこで終わりだ。

そこで自分の気持ちに踏ん切りを付ければいい。

受話器を上げる。

受話器を持つ手がわずかに震えていた。

30にもなって情けない。

コインを入れる。

手には使うかわからない数枚のコインを持っていた。

一つずつ番号を確認しながらゆっくりとボタンをプッシュしていく。

呼び出し鈴が受話器の向こうで鳴り出した。

思わず受話器を戻しそうになる衝動をぐっと堪える。

おかしいんじゃないかと思うくらいに心臓が激しく脈打っていた。
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