真夜中メリーゴーランド



学校から家までの徒歩十五分の間、何度ため息をついたのかわからない。五限目まできっちり授業を受けて、そのあと業後課外に出て、太陽が沈む寸前に学校を出る。毎日そんな生活。

特にいやなことがあるわけじゃない。受験生らしく勉強をして、時には杏果と晴太と談笑して、家に帰って予習復習をして……。そんな、代り映えのしない毎日。

けれどあの日から、私の毎日はとても味気ない。

家に帰ると、一目散に自分の部屋に逃げ込んだ。お兄ちゃんはまだ帰ってきていないみたいだけれど、お母さんがリビングにいるのが見えたから。

お母さんがリビングにいる時は、たいてい私はそれを見ないようにして自分の部屋へと向かう。ここ一年くらい、ずっとそうだ。お父さんはいつも仕事で帰ってくるのが遅い。お兄ちゃんも大学生になってからほとんど夕食時に顔を見せなくなった。

お母さんとふたりになるのは、少し気まずい。

制服のまま、どさっとベットに横たわる。仰向けになりながら目を閉じた瞬間、どっと疲れがあふれてきて眠ってしまいそうになったものだから慌てて飛び起きた。まだ今日は勉強しなくちゃいけないことがある。寝(ね)ると一日が終わってしまう気がしてとても怖いのだ。


『ストレスじゃねえの、那月ベンキョーばっかしてるイメージだし』と言った晴太の声を思い出す。そのとたん、胸の奥がぎゅっと締まって苦しくなった。

勉強に本腰を入れ始めたのは高校二年生の夏だった。周りよりも少し早く始めなさい、という親からの助言。大学受験に失敗した兄。そして、あの日のこと。思い出すと今でも胸が苦しくなる。本当は思い出すのも億劫で、最近は考えないようにしていたのに。

一年前、県内で偏差値が上位の大学を志望校に決めた。もともとまん中くらいだった成績は徐々に上がっていって、三年生に進級する頃には今の特進クラスへ難なく入れるまでに達していた。今、杏果や晴太と同じクラスにいられるのもあの時の選択のおかげだと思う。私が受験のために勉強に一直線になったこと、誰から見ても間違ったことなんかじゃなかった。

勉強して、いい大学に入って、いい会社に就職する。そこに敷かれたレールは誰から見ても絶対に幸福になれるコースをたどる。そこからはずれないように、ずれないように、できるだけの努力はしてきたつもりだ。もちろんそれは、いくら特進クラスといえど周りのクラスメイトに負けるようなものじゃない。

それなのに、杏果の『勉強一本に絞ってるから偉い』という言葉に黒い気持ちが沸々と湧いてきてしまう。寝ころびながら両手を上へ上げて指先を動かしてみる。私、まだあきらめきれていないんだろうか。

あの日、夢なんて綺麗さっぱり捨てたはずなのに。自分が情けなくて馬鹿みたいだ。

それに、杏果と晴太だって、私をいやな気持ちにさせたくてあんなことを言ったわけじゃない。それなのに、お昼に晴太と杏果に言われた言葉たちがなぜだかずっと私の中に残っている。まるで私には『勉強しかない』と言われているみたいで。

……間違ってはないけれど。こんな私と仲よくしてくれているふたりに対してこんなことを思ってしまう自分がいやだ。

モヤモヤした気分をどうにか落ちつかせようと、顔でも洗って気分を変えようと思い立つ。立ち上がって一回大きく深呼吸をしてから自分の部屋を出た。


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