シンシアリー
妻・カサンドラの出産、そして初めての我が子の誕生に心が落ち着かない大公・ゼノスは、居間(サロン)にある暖炉のそばを、何十回も行ったり来たりしていた。
その度に、暖炉の火が風で一瞬フワッと舞い上がる。
だがゼノスには、そのような美しく繊細な光景にまで見惚れる心の余裕がない。

一体、何十往復目のときだろう、樫製のドアが静かに開いた。
ゼノスはマントをひるがせ、急ぎ足で開かれたドアに向かって歩きながら、「生まれたか!」と叫ぶ。

「はい、大公様。それが・・・」
「どうした」

言い淀んだ医者は、顔を下げ・・そして上げると、思いきって口を開いた。

「赤ん坊は・・大変元気で、カサンドラ様もご無事なのですが。その・・・女子、でした」
「な、何・・・!」

驚愕のあまり大公・ゼノスが絶句する中、暖炉の火だけはパチパチと音を立てながら、変わらず燃え続けていた。

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