お見合い結婚時々妄想
「慎一郎さんが忙しいのは分かってたつもりだったんだけど、一緒に暮らし始めて、自分の想像以上だって事に気がついて……」


たどたどしく話す私の話を慎一郎さんは真剣に聞いてくれている


「家に居るときでも珠に会社の人から連絡あって、会社に行ったりして……」
「うん」
「家に1人で居ることが多くて、色々考えてたら、なんか……」
「なんか?何?」


これ以上、言葉にするのが怖くて、下を向いて首を横に振った


「祥子、言っていいんだよ?」


言ってもいいの?


「大丈夫だから」


優しく話しかけてくれる慎一郎さん
私は怖かったけど、口を開いた


「1人で色々考えてたら、私、今ここに居ても居なくてもいいんじゃないかって。私じゃなくても、別によかったんじゃないかって。やっぱり私には勿体ない人なんだって、そんな事ばかり考えて……」


私の手は小刻みに震えてた
慎一郎さんはその手を握りしてめたまま、離そうとはしなかった
そんな慎一郎さんの手に、私の涙が溢れた


「でも、慎一郎さんは私に優しくしてくれて、大事にしてくれてるのに、私は、慎一郎さんに何もしてあげられない、何も出来ない……」


言ってしまった
慎一郎さんと結婚してから思ってたことを
悩んでいたことを


「祥子、僕と結婚したの、後悔してる?一緒に暮らすの、辛い?」


え?と顔を上げると、辛そうな顔をした慎一郎さんがいた


「ごめんね、祥子。祥子がいくら後悔しようが、辛かろうが、僕は祥子と離れたくない」
「慎一郎さん」
「何もしてあげられないなんて思わないで。祥子は僕にいろんなことをしてくれてるよ」
「そんなことない」
「そんなことある」
「じゃ、何をしてあげられた?私」


そうだなぁと、微笑みながら慎一郎さんは言ってくれた


「『おはよう』って起こしてくれて、『行ってらっしゃい』って見送りしてくれてる。家に帰って来たら、『お帰りなさい』って出迎えてくれて、その日にあった事を、楽しそうに話してくれる。時々トリップして、色んな顔を見せてくれるしね」


驚いて何も言えない私に構わず慎一郎さんは話し続ける


「何よりも、祥子の手料理は美味しくて、いくら残業しても帰ってご飯を食べるから、部下達はみんな呆れてるよ」
「慎一郎さん」
「ね?祥子はこんなに僕にしてくれてるよ」
「当たり前のことしてるだけですよ」
「祥子にとっては当たり前かもしれないけど、僕にとっては幸せに思える事なんだ。だから」


慎一郎さんの顔から笑顔が消えた


「冗談でも、居ても居なくてもいいなんて言わないで」


慎一郎さんの言葉が胸に響いて、また涙が溢れた


「そんな、自分を卑下するような事は言わないで。僕の奥さんは祥子なんだから、居てくれないと困る。分かった?」
「はい」
「言いたい事があったら言ってほしい。1人で悩まないで。祥子が溜め息ついてると、どうしていいか分からなくなるから」


最近いつも悩んでいた
本当にここにいていいのかと
溜め息ばかりついていたのは分かっていたけど、慎一郎さんが気付いているとは思わなかった


「だから、今日ここに連れて来てくれたんですか?」
「そう、ちょっとでも祥子が笑ってくれたらと思ってね」


なんだか、慎一郎さんの気持ちが嬉しくて、自然と笑顔になった


「また、連れて来てくれますか?」
「もちろん、喜んで」


私がそう言ったら、慎一郎さんはほっとしたように笑った


「さ、メイン料理出来ましたけど、そろそろいいですか?」


多分、裏で見ていたんであろう隈井さんが、タイミングよくメイン料理を持ってきた


「良かったですね、先輩。奥さん、凄くいい笑顔になってます」
「分かったから、早く料理置いて行けよ」
「はいはい、邪魔者は消えますよ。先輩は肉料理。奥さんは魚料理です。ごゆっくり〜」


手をヒラヒラさせて隈井さんはまた奥に行ってしまった


「熊さん、楽しい人ですね」
「そうなんだ。さ、早く食べよう」
「これも美味しいそう。慎一郎さんのも美味しそうですね」
「食べてみる?」
「いいんですか?」
「どうぞ」
「ありがとうございます!」
「どう致しまして」


なんだか言い方がおかしくて、笑ってしまった
慎一郎さんも私につられて笑った
そんな何てことないことで一緒に笑えることが、幸せだと思った
デザートを食べた後は、まだ海を見たくて、慎一郎さんにお願いした


「海岸を歩いてみたいなあ」


慎一郎さんは二つ返事で、いいよと言ってくれた
隈井さんに、車を置いたままでもいいかと聞いてみた


「いいですよ。駐車場から海岸まで階段がありますから、そこから行ってください」


隈井さんの言葉に甘えて、私達は海岸まで降りて行った
海岸に降りると、遠くから見るのと違うけど、綺麗な海には変わりなかった


「近くだと、潮の香りが違いますね」
「本当。波の音もね」


2人で手を繋いでゆっくり歩いていると、時間がゆっくり流れているようだった


「私、本当に海に来るの久しぶりです」
「そうなの?海水浴とか来なかった?」
「子供の頃は何回かあるけど、私、日に焼けるとヒリヒリしちゃって、火傷みたいになるからあんまり行きたくなくなっちゃって」
「祥子は色白だからね」
「でも、今日は来て良かったです。慎一郎さん、ありがとうございました」


慎一郎さんは笑いながら首を横に振った


「僕は祥子が喜ぶ顔が見たかっただけだから」
「また、どこか連れて行ってくださいね」
「じゃ次は祥子が行きたい所に行こう」
「本当ですか?」
「うん」
「じゃ、考えておきます」


ふふっと笑うと、慎一郎さんがにっこり笑った


「慎一郎さん?」
「何?」
「私、慎一郎さんと結婚したこと後悔してませんからね」
「祥子」


さっき慎一郎さんに聞かれて否定しなかったから、ちゃんと言いたかった


「ありがとう」


今日、やっと慎一郎さんの本当の笑顔が見れたような気がした



それから私達は時間を忘れて海岸を歩いていた
波打ち際ではしゃいだり、砂浜に流れ着いてるものを探したり、2人でただ座って海を見たり
気がついたら、日が傾いていた


「そろそろ戻ろうか」


慎一郎さんに促されて、名残惜しかったけど、駐車場に戻って行った
隈井さんに挨拶して帰ろうと、また店に向かっていたら、慎一郎さんが立ち止まった


「祥子、見て」


慎一郎さんが指差した先には、海に沈む太陽が見えた


「うわぁ……綺麗……」


太陽が沈む数分間、私達は何も言わず海を眺めていた
昼間見た海とは全然違う景色にただ見とれていた
太陽が沈むと、なんだか寂しい気持ちになって、慎一郎さんの手を強く握った
慎一郎さんはそれに応えるように、私の手を握り返してくれた


「沈んでしまうと、何だか寂しいね」
「えっ?」


びっくりして慎一郎さんを見ると、慎一郎さんがどうした?と私を見ていた
私は、なんでもないと首を横に振ると、隈井さんのお店に戻って行った
慎一郎さんが私と同じ事を思っていたことが、凄く嬉しかった


「遅かったですね2人とも。あんまり遅いから心配しましたよ」
「ごめん。時間が経つのを忘れてた」
「楽しめました?」
「うん、とても。ね?祥子」


慎一郎さんにそう言われて、私は笑顔で頷いた


「また来たいです」
「是非また来て下さいね。お待ちしています」


それじゃあと、車に戻ろうとすると、私だけ隈井さんに呼ばれた
首を傾げていると、隈井さんが耳元でこう言った


「皆川先輩、俺の所に電話かけてきたとき、追い詰められたような声でした。『妻が最近元気がない』って。あんな先輩の声、初めてでした」


私がびっくりしていると、隈井さんはにっこり笑って言った


「先輩と奥さん、お似合いの夫婦ですよ」


それは、今の私には最高の誉め言葉


「ありがとうございます。また慎一郎さんと一緒に来ます」


隈井さんに頭を下げて、車の手前で待っている慎一郎さんの所へ走って行った


「お待たせしました」
「隈井、何だって?」
「ふふっ。内緒です」
「内緒?」
「はい」


私が言わないと思ったのか、慎一郎さんは諦めて車の鍵を開けた
車に乗って、しばらく動いたところで言った


「慎一郎さん」
「ん?何?」
「また、一緒に出掛けましょうね」


慎一郎さんは、左手で私の頭を撫でてくれた


「また運転中に。そんな可愛いこと言わないの」
「は〜い」


まだ結婚して間もない私達
お互いの事を知らない方が多くて、まだ手探りだと思う
でも、今日私が分かった事は、慎一郎さんには甘えてもいいんだって事
多分、慎一郎さんもその事を望んでいるのかなぁって思えたから
私の自惚れかもしれないけど
なんだかそんな事を考えていると顔がにやけてしまいそうで、両手で顔を押さえた


「祥子、どうしたの?」
「なんでもない、けど」
「けど、何?」
「幸せだなぁって」
「そう。祥子が幸せなら、僕も幸せだ」


慎一郎さんが笑ってる
だから、私も笑う

やっと、ちゃんと夫婦になれたような気がした
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