紫陽花流しをもう一度
 その後彼には一度も会えないまま月日が流れ、自宅に帰ることになった。勿論、おばあちゃんお手製の野菜も一緒だ。また冬休みに来るね、とおばあちゃんに言って私は車に乗った。車が走り出して手を振るおばあちゃんがどんどん遠くなっていく。ひと夏の思い出と流れる雲を引き連れて、私は家に帰ってきた。


 夏休みが明け、また学校が始まった。教室では、宿題をまだ終えてない子たちが嘆いていたり、休み中のことを話していたりした。その中で、古典の先生が変わるらしいという話が聞こえてきた。それに伴って、副担任もその新しい先生に変わるそうで、今日この後挨拶に来るらしい。
 久しく聞いていなかったチャイムの音が鳴り、担任の先生と新しい副担任の先生が教室に入ってきてホームルームが始まる。

「今学期から副担任の先生が変わるぞ。」

私の眼は時を忘れてその先生を見つめた。あの人だ。

「新しく副担任としてお世話になります。衣笠と申します。」

ゆっくりとした彼の低い声だけが耳に響く。顔が熱い。胸が高鳴る。なのに体は動かない。

「来たばかりで知らないことも多々ありますので、いろいろと教えてくださいね。」

と彼は微笑んで、また出ていった。私はたまらず、お手洗いに行ってきます、と言い残して彼の後を追った。
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