紫陽花流しをもう一度
「こんなに楽しんだのは随分久しいです。」

「私も誰かとお祭に来たのなんて何年ぶりかしら。」

沈黙が続く。私は胸の高ぶりを抑えられず、また会えるかしら、と呟いた。

「勿論ですよ。ただ、秋から高校で古典の授業を受け持つことになったので、あまりお目にはかかれないかもしれませんが。」

「私の通ってる高校だったらいいのに。」

そうしたら毎日でも彼を目にすることが出来るのに。そんなことを考えていると自分の感情に歯止めが利かなくなる。

「高校は、どちらです。」

錦高校、と呟くと彼の片眉が反応したようにくっと上がった。

「何か。」

「いえ、何も。そろそろ帰りましょうか。送ってさしあげよう。」

何処へ行くでもなく進めていた足を家へと向ける。次はいつ会えるのか、またこうしてお話できるのか、私のことを忘れてしまわないか、そんなことばかりが頭を駆け巡る。角を曲がったらもう家はすぐそこで、また会える確約なんて何もなくて、私はつい立ち止まった。彼が不思議そうに私を見る。

「私、貴方が好きよ、とっても。だから、」

抱きしめてなんて言えなくて、自分で言葉を飲む込む前に彼の人差し指が私の唇の動きを止めた。

「いけません、それ以上は、まだ。ですが、」

彼がおもむろに私の手を取って甲に口づけを落とした。

「僕も、貴女のことを大変好ましく思っています。ですが、今は、まだ。」

そう言って切なそうに微笑む彼を月が後ろから照らしていた。

「帰りましょうか。」

「はい。」

彼と私はどちらともなく手をつないで角を曲がった。
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