マリンシュガーブルー
その時、既に美鈴は疲れ果てやつれていた。そんな姉を見て、弟が言いだした。
姉ちゃん、もう仕事辞めな。この古い実家、思い切って売ってしまおう。ひとまず俺達と一緒に暮らさないか。莉子は東京には帰りたくないと言っているけれど、それでも住み慣れた都会と親元を離れ、初めての妊娠で心細いと思う。姉ちゃんが目を配ってくれると助かる。それから……。フロアの接客、姉ちゃんならいけると思うんだ。俺は料理に専念したい。客対応は姉ちゃんの仕事の分野だから、してくれると助かる。
古い実家を手放すのは躊躇った。ただ売ればお金になることはわかっていた。古い土地で、両親もいなくなり、跡取りの弟は新しい住まいを持った。美鈴自身も古い家をひとりで守っていく自信はない。
菩提寺の住職に相談してふんぎりがついた。生まれ育った古い家を売り、美鈴は弟の元へ身を寄せ、心機一転、弟夫妻をサポートするため、なにもかもを精算するようにして仕事も辞めてしまった。
小雨の今日。さらさらと落ちてくる柔らかい雨の中。お気に入りの大きな傘をさして歩く古い道。
雨の匂いの中、美鈴はこれまでを振り返った。傘に……。使っていたトワレの匂いが移っている? ふりかけた覚えはないけれど、オフィス時代を思い出したせいか、最近はつけることもなくなった香りを思い出してしまった。
ちょっとだけ、涙が滲む。
港町にある長屋が見えてくる。古い醤油屋だった。弟が贔屓にしていて『買ってきてくれ』と頼まれ、美鈴はいまここにいる。
姉ちゃん、もう仕事辞めな。この古い実家、思い切って売ってしまおう。ひとまず俺達と一緒に暮らさないか。莉子は東京には帰りたくないと言っているけれど、それでも住み慣れた都会と親元を離れ、初めての妊娠で心細いと思う。姉ちゃんが目を配ってくれると助かる。それから……。フロアの接客、姉ちゃんならいけると思うんだ。俺は料理に専念したい。客対応は姉ちゃんの仕事の分野だから、してくれると助かる。
古い実家を手放すのは躊躇った。ただ売ればお金になることはわかっていた。古い土地で、両親もいなくなり、跡取りの弟は新しい住まいを持った。美鈴自身も古い家をひとりで守っていく自信はない。
菩提寺の住職に相談してふんぎりがついた。生まれ育った古い家を売り、美鈴は弟の元へ身を寄せ、心機一転、弟夫妻をサポートするため、なにもかもを精算するようにして仕事も辞めてしまった。
小雨の今日。さらさらと落ちてくる柔らかい雨の中。お気に入りの大きな傘をさして歩く古い道。
雨の匂いの中、美鈴はこれまでを振り返った。傘に……。使っていたトワレの匂いが移っている? ふりかけた覚えはないけれど、オフィス時代を思い出したせいか、最近はつけることもなくなった香りを思い出してしまった。
ちょっとだけ、涙が滲む。
港町にある長屋が見えてくる。古い醤油屋だった。弟が贔屓にしていて『買ってきてくれ』と頼まれ、美鈴はいまここにいる。