マリンシュガーブルー
 兄が女性を妊娠させたかもしれない。まだ結婚もしていない兄が。それを案じて慌てて捜しに来て、あの人より先に会いに来てしまった妹から、あの人の正体を聞くことになってしまった。先回りをしてきた妹の言いたいことはなに?

 美鈴は身構えた。素性もわからない女の中に兄の子供が出来ること、着物の質を見てもいいところの奥様だろう妹はどう思ってここまで来てしまったのか。

「できれば……。そのお腹に宿っていて欲しいです」

 どうしてか妹の彼女が憂いある目で、緩く微笑んだ。やっと、憂い色を見て彼女と彼の目が似ているんだと美鈴は気がついた。

「私が妊娠しているから、責任を取るとおっしゃっているのですか」

「怖いんですよ。兄は。独りならば何が起きても自分一人のこと。妹の私はもう結婚していますし夫と家族がある。軽い認知症が出ている母も私が引きとっています。私達のことは自分がいなくてもなんとかなる。でも妻と子供は違う。だから兄は自分の家族を持つのが怖いのでしょう」

「怖い……ですか」

 彼がなにを怖がっているのか、美鈴にはよくわかった。あんな仕事をしていれば、常に危険と背中合わせ。いつどうなってもいい、身軽でいたいと思っていたのかもしれない。

「いままで結婚を億劫がっていた兄が、責任あるという言葉を使ったのがどうも気になっていたんです。生真面目な人なんです。だから、ひとつひとつの言葉に重みを感じられる、気軽に言葉にしない。だからこその責任への真剣さを感じました」

 まさにその通りだと美鈴は思う。朴訥と言葉を発する滅多に喋ってくれない彼だったからこそ、彼の意志で出てきた言葉はどれも信じられた。
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