マリンシュガーブルー
「できていませんでした」
「え……」

 なんとも言えない顔をしている。安心もできたし、でも、がっかりもしてくれたと思いたい。

「そうでしたか。いえ、もしと思っていたのです。早く会いに行かねばと思っていました」
「お仕事だったのですよね。会いに来られないのも、そして、あの港町に仮住まいしていたのも」

 尊が困った顔になった。
 あの憂う眼差しが美鈴に注がれる。

「ここでは差し支えます。俺の部屋へ行きましょう」

 マンションの自動ドアを入っていく彼の後を美鈴もついていく。

 こんなマンションに独りで住んでいる? でもいまの清爽感あふれる渋めの彼には似合っている。
 エレベータに乗る時も、彼はちゃんとドアを開けたままにして美鈴を先に乗せてくれる。彼が押したボタンもけっこう上階で美鈴はギョッとした。

「お、お一人でお住まい、なんですか」

 とても独身男性が独り住まいするところだとは思えなくて、ほんとうは恋人がいるとかなんとか勘ぐってしまう。

「当たり前ではないですか。自分はずっと独身ですよ。まあ……、ここもあのおせっかいな妹が買っておけというので買っただけで、寝るだけの自宅です」
「香江さん、ほんとうにお兄様が大好きなんですね」
「もう、俺の母親代わりだなんていうぐらいですよ。ほんと勘弁して欲しい」

 もうあいつには敵わなくて敵わなくてと曲げた口元に眉間のしわ、その顔、マリーナの店でよく見ていた彼の顔だ――。やっと知っている彼に会えたと思った美鈴はほっとしてしまう。
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