マリンシュガーブルー
 エレベーターがあと少しで彼が押した階へつく。
 また彼が隣にいる美鈴をじっと見下ろしている。美鈴も気がついて、彼を見上げた。

「綺麗ですね。俺は……、店にいた飾り気のない美鈴さんに惚れたんだけれど、でもそんな美鈴さんもとても素敵だ」

 うわ、さらっと言ってくれたけれど、生真面目できちんとしていそうなこの人が言ってくれるととっても自然。美鈴はドキドキしてきた。

「弟のお店を手伝う前は、外に働きに出ていたので、こんな格好は良くしていたんです」

 今日の美鈴は、おでかけ着のワンピースであるのはもちろん、きちんとメイクもしてきた。まつげも綺麗にぴんとたてて、アイメイクも、髪も綺麗にアップにして束ねてきた。

 そんな美鈴を彼が惚けたように見つめたまま。

「俺、……そんな綺麗な女性がそばにいること滅多にないので……」

 彼の声が少し震えていた。彼も緊張している?

「わ、私だって……。今日の尊さんは、お店で見ていた人と違う男性みたいで……、私もあの尊さんに惹かれたので……」
「え、あんな俺のほうが良かったんですか。あんな男できっと悩まれているだろうと、はやく本当のことを伝えに行きたかったのに」

 エレベーターが到着した。すっとドアが開いたけれど、美鈴はかまわず、尊の胸に近づき、彼の肩先にそっと頬を寄せる。

「寅ちゃん、もういないってことですか」
「とらちゃん?」

 彼がきょとんとした。

「ここに、寅がいたでしょう」
「ああ。……え、と、寅ちゃん!?」

 真面目な彼がいちいち驚いている。

「もう、いないってことでしょう。けっこう気に入っていたんです」
「え、え。え? そうなのですか??」

 こんな女心、もしかして男らしいだけのこの人はわからないのかもしれない。
 でもそんな美鈴の頭を、彼の大きな手がそのまま肩先にぎゅっと抱き寄せてくれる。

「行きましょう。そこでお話ししますから」

 そのまま美鈴のウエストをぐっと抱き寄せてくれた彼と一緒に、エレベーターを降りた。
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