元ヴァイオリン王子の御曹司と同居することになりました
「それにしても、暑いですね」

出海君が話題を変えた。

一般教室に冷房設備はない。
窓全開でもぬるい風がゆるゆる入ってくるばかり。

「暑いね。かといってアパートじゃ思いっきり練習できないし、カラオケボックスはお金かかるし」

「じゃあ、僕の家で練習しますか?」

……ん?

さらっと、とんでもないこと言わなかった?

出海君が大学生らしからぬ防音設備が整ったマンションに一人暮らしだというのは有名な話。

それにしても……。

出海君は、王子スマイルを浮かべている。
こりゃだめだ。王子様、俗世間を知らなすぎる。

「あのねぇ」

私は呆れて、譜面に目を移しながら言った。

「先輩として忠告させてもらうけど、いくら親切心からでも、そういう発言をすると誤解する女性もいるから、気をつけた方がいいよ?」

「……そうですか……。気をつけます」

小さな声だった。

あ、ちょっと言い方キツかったかな?
え、でも一応カドが立たないような言い回しにしたつもりなんだけど。

出海君はお辞儀しながら「お邪魔しました。練習頑張ってくださいね」と言い残し、教室を出ていった。




この後私が卒業するまで、挨拶以外、出海君と2人で話すことはなかった。

というわけで、大学時代唯一といっていい出海君との会話は、世間知らずのお坊ちゃんに説教してしまったという印象の強いものとなった。




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