元ヴァイオリン王子の御曹司と同居することになりました
会社で、出海君……常務が同じフロアの机に座っていることはあまりない。
今日も外出しているらしい。
私はスキャナーの前で、届いたばかりの業界雑誌最新号を広げ、そこに映る常務の姿を見て、心の中でため息をついた。
インタビューに答える真面目な顔。
御曹司として育った品のよさと、会社を舵取りしているのだという責任感とバイタリティ。
与えられた地位だとしても、自分の能力をフル活用して使命を成し遂げようとする姿は、生来の整った容姿に一層輝きを与えている。
印刷媒体だとそれがさらに強調される。
……世界が違う。
こんなに凡人の私が釣り合うわけない。
王子様の隣で幸せになるのはお姫様だ。一般庶民ではない。
もう30過ぎた。
現実を見なきゃ。
ともすると頭をもたげそうになる『何か』を潰すように、雑誌をスキャナーに押し付けた。
「スキャンした雑誌、回覧に出しますね」
同僚の大村さんに報告し、表紙に回覧用紙をつけていると、彼が言った。
「あー、それね。この時のライターさんは凄かったな」
大村さんは取材に立ち会った時を思い出したらしい。
苦笑いしながら続ける。
「女性だったんだけど、常務に対する個人的アプローチが凄かった」
……途端に湧き上がってきたマイナス感情を誤魔化そうと、私も苦笑いを浮かべた。
「それはそれは……」
「常務のかわし方はなかなか見事だったよ。きっぱり断るんだけど、敵に回さないってのは結構難しいだろうに」
ふわっと心が軽くなるのと、さすがだと尊敬する気持ちと、誇らしい気持ちとが入り混ざった複雑な感情が渦巻く。
「慣れてるんだろうねぇ」
大村さんののんびりした口調の中に若干のネガティヴさを感じて、曖昧に笑いながらデスクを離れた。