夏の忘れもの
「ダメ……じゃない、けど」
「けど?」
「私も……松坂のご両親に挨拶しに行っていい?」
「遥香……そんなのいいに決まってる!」
「きゃっ! もう、松坂ってば、ちょっと落ち着いてよ」
のしかかってくる松坂を宥めると、彼は苦笑いをしながらキスをしてくれる。
「結婚したら、案外尻に敷かれそうだな」
「ん? なに?」
「なんでもない。俺、今すごい幸せ。よかった、昨日試合見に行って、勝ってくれて、よかった。後輩たちに感謝だな」
「私も、行ってよかった」
勢いだけで行ったし、正直を言えば彼に会うことは怖かった。でも、会えてよかった。彼が私を見つけてくれてよかった。
「松坂、好きだよ」
「だから、名前で呼べって。やり直し」
「……将大、好き」
まだ呼び慣れなくて、照れてしまって顔が赤くなる。二十八歳にもなるのに、彼氏を下の名前で呼ぶだけで赤くなるってどうなんだ。あ、やばい。彼氏って響きにも照れる。
「やっぱり、名前で呼ばれるとくるな。俺も好きだよ、遥香」
でも、それも仕方ないことだ。十年前に忘れてきた初恋は、私たちの元に戻ってきたばかりなのだから。
これからゆっくりと、進んでいけばいい。これから、いくつもの季節を彼と過ごしていくのだからーー。