亡国の王女と覇王の寵愛
(今度こそ、殺されるかもしれない……)
 そう思うと、死の恐怖がゆっくりと心に染み込んでいく。
 だが予想に反して、扉の向こう側から現れたのはひとりの小柄な女性だった。
 覇王の姿を想像していたレスティアは少し拍子抜けするものの、彼女の背後には厳しい顔をした警備兵の姿が見えて気を引き締める。衣服を手に持っているようだ。
 その女性はレスティアの視線を受けて微笑むと、その衣服を警備兵から受け取り、ゆっくりとした足取りで部屋の中に入ってきた。それを確認すると、背後にいる警備兵がまた扉を固く閉める。
 静かな空間に施錠の音が重々しく響き渡った。扉は防音性もあるらしく、向こう側の音はまったく聞こえなくなる。
 この部屋は、こんなにも厳重に隔離されているのだ。
「初めまして、レスティア様」
 部屋に入ってきた小柄な女性は、寝台の上に座ったままのレスティアに対してそう挨拶をした。緊張しているのか、かすれた高い声だ。その洗練された優雅なしぐさを見ると、侍女のような身分の人ではないとわかった。
 レスティアはわずかな警戒を持って、目の前の女性を見つめる。
 長い茶色の髪は艶やかで、よく手入れされているようだ。きめの細かい白い肌。手は少しも荒れていない。絶世の美女とまでは言わないが、なかなか綺麗な顔立ちをしている。そしてその濃茶の目には、何の敵愾心もない。
 落ち着いた雰囲気を身に纏っているが、案外年は近いのかもしれない。
「あなたは?」
「申し遅れました。わたくしはイラティと申します」
 そう言って彼女は手にしていた衣服を差し出し、着替えをするようにと促した。
 いつまでも汚れたドレスを着ているのはさすがに抵抗があったから、素直にそれを受け取った。
 シンプルな衣服だが、ドレスの丈はきちんと足首まで隠れる上品なものだ。衝立の奥で着替え、汚れたドレスを受け取ってくれた彼女に、ここがどこなのか尋ねてみる。あまり答えは期待していなかったが、イラティはすぐに答えてくれた。
「ここはヴィーロニア王城内にある、幽閉部屋です」
 そう言われても、あまり驚きはなかった。
 窓に格子の入った牢獄のような部屋だ。普通の部屋ではないのは、世間知らずのレスティアでも理解できる。
 さらに、イラティは言いにくそうに続ける。
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