亡国の王女と覇王の寵愛
 グスリール王国の最後の王族として、何としても生き延びなければならないと思っていた。だがもう、ここまで敵の奥深くに囚われてしまったら、逃げ出すことはもう難しい。そしてあの覇王はきっと、亡国の王女などいつまでも生かして置かないだろう。
 その前にせめて、両親の無念を晴らしたい。
(覇王ジグリット。許さない。絶対に……)
 ただ大切に守られてきたレスティアは、こんなに強い憎しみが自分の中にあるなんて、今まで知らなかった。
「近いうちに必ず、ジグリット様はここを訪れます。最初が肝心です。どうか、お気を付けて」
 そう言い残してイラティは部屋を出た。
 扉を固く閉める音がする。
 その重厚な音を聞きながら、レスティアは受け取った小さなナイフを衣服の中に隠した。

 それから何度、物音ひとつしない静かな幽閉部屋で夜を過ごしただろう。
 夢に見るのは、実際には見てはいない、血塗れの父と母の姿。忘れたくても忘れられない瓦礫と化した王城の有り様。
 悪夢は毎晩のようにレスティアのもとを訪れた。
 あれからも何度か、イラティは着替えを持って様子を見に来てくれる。
 だが彼女も王城内を自由に歩くことが許されているわけではないらしく、その背後にはいつも厳しい表情の警備兵が付き従っていた。
 彼女は毎回のようにもうすぐ来るだろうと言っていたが、まだヴィーロニア王ジグリットがこの部屋を訪れる気配はない。
 空虚な日々はいつまで続くのだろう。
 いつしかレスティアは、覇王の訪れを心待ちするようになっていく。
 それはまるで愛しい人の訪れを待つ恋する乙女のように、彼の訪れを待ち侘びる日々だった。
 生きるのが苦痛だった。
 父と母を殺して祖国を滅ぼした仇なのに、レスティアをこの運命から解き放ってくれるのも、もしかしたらあの覇王なのかもしれない。
 そんなことさえ考え続けていた頃、ようやくその時が訪れた。
 それはここに幽閉されてから十日後の夜だった。
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