亡国の王女と覇王の寵愛
「五年前、この国で政変が起きました。そのことについてです」
(……五年前)
 それはジグリットが実の父を殺して王位に就いたと言われている、あの事件のことかもしれない。そのとき、誰かに話せば命を奪わなくてはならないほどの出来事があったのだろうか。
 だとしたら、ミレンにその条件を課したのは誰なのだろう。
 浮かんだのは、ひとりの男の姿。
 覇王ジグリット。
「ああ、すみません。話が逸れてしまいましたね。私もこの百五十年前の事件は、歴史書で知っていましたし、これが事実だと信じています。ですが色々と資料を調べているうちに、今まで知らなかった事実も出てきて、興味深いのです」
 ただ命令されたからやっているのではないと笑う彼女に笑みを返し、レスティアも本を手にして机に座る。
だがあんな言葉を聞かされてしまっては、集中力も途絶えてしまう。
 五年前、何があったのだろう。
 そしてミレンは何を知ったのだろう。
 中庭にひとり佇んでいたジグリット。
 あの寂しげな表情は、どんな理由からなのか。
 色々と考えてしまい、本の内容が頭に入らずに、無為に時間だけが経過していく。
「……レスティア様」
 そんな中、黙々と資料を仕分けしていたミレンが、顔も上げずにぽつりと呟いた。
「真実とは、とても残酷なもの。躊躇いがあるうちは、けっして手を出してはいけないものです。ですが、それを越えても知りたいと願ったときはどうか打ち明けて下さい。私の知るすべてをお伝えします」
 ミレンのその言葉が、百五十年前の事件を指しているのではないと、すぐにわかった。
「そんなの……」
 自分には関係ない。興味もない。
 そう言おうとしたレスティアだったが、ミレンは口外すれば命にも関わるような事態を打ち明けると言ってくれたのだ。そんな彼女に対して、偽りを告げることはできない。本も読めないくらい、気にしてしまっているのは事実なのだから。
 言葉を切って黙って頷くと、ミレンは少し嬉しそうに微笑んだ。
 彼女が、何を思って今の話をレスティアに打ち明けようと思ったのかわからない。
 でもミレンにも考えがあってのことだろう。そしてそれは、覚悟のない者が尋ねられるような話ではない。だから今は何も聞かずに、胸の奥底にしまっておくしかない。
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