亡国の王女と覇王の寵愛
 侍女のメルティーが着替えを手伝うために訪れたとき、レスティアは寝台で身体を起こして座っていた。
 膝の上に本を広げてはいたが、どんなに文字を辿ってもその内容が少しも頭に入らなかった。こんな有り様では、いつ真実に辿り着けるかわからない。
(もっと頑張らないと……)
 脳裏に残る面影を振り払う。
 着替えをして朝食を取り、今日も図書室に向かうことにした。
 限られた人しか入れない場所だとわかったので、昨日のように緊張することもなく部屋を出る。
 窓から入り込む朝陽が、中庭を照らしている。
 そこでは数人の使用人が花の手入れをしていた。ふと、噴水の傍に祈るようにして立ち尽くしていたあの姿を思い出してしまい、首を振る。
(もう忘れよう)
 そう思うしかなかった。

「おはようございます、レスティア様」
 図書室に入るとすぐ、声をかけられた。
 顔を上げて声のする方向を見る。
 昨日と同じように、ミレンが本を手にして柔らかく微笑んでいた。
 どうやら資料を集めているようだ。レスティアが昨日ジグリットに頼んだ、あの百五十年前の事件のものかもしれない。
 てきぱきと仕事を続けるミレンにありがとうと声をかけると、彼女は両手に資料を抱えたまま振り向いた。
「そんな、私は、色々な本を読めてしあわせなくらいです。それに知的欲求は抑えの効かないものだと、身をもって知っていますから」
「身をもって?」
「はい」
 目の前の机に資料の束を置き、ミレンは少し首を傾げながら話を続けた。
「私は、その欲求が普通の人よりも強いようです。何かを知りたいと思ったら、もうそれを抑えることができなくなってしまう。そのせいでこうして、王城で生活をすることになってしまいました。私の両親は健在ですが、もう二度と故郷には帰れません。それが条件で命を救われたのです」
「何を知ってしまったの?」
 思わずそう尋ねると、ミレンは微笑んだ。少し寂しげな笑みだった。
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