イジワルなくちびるから~…甘い嘘。【完】
言われるまま彼に近付くと、あの爽やかな香りがフワリと漂い、体の芯がジンと熱くなるのを感じた。それと同時に愛しさが溢れてきて、私はまだこんなに零士先生が好きなんだと実感させられる。
ついこの間まで、この妖艶な瞳は私だけを見てくれていた。その形のいい唇の温もりもまだハッキリ覚えてる。なのに、もう全て忘れなくちゃいけないんだ。
残酷な運命を呪いたくなる。でも、それを選んだのは誰でもない。私自身なんだ。
そう思った時、ずっと制服のポケットに忍ばせていたモノの存在を思いだし、今がその時なのではと両手をギュッと握り締める。
零士先生がまた話しを蒸し返してきたらこれを渡そうと心に決めたのに、彼の口から出た言葉は「俺からの資料は見たか?」だった。
「あ……はい」
「伝え忘れたが、あの内容は誰にも言うんじゃないぞ」
今更かよと拍子抜けして苦笑いを浮かべる。
「分かってます。個展に出品される作品の数も、そのタイトルも全て秘密。そうですよね?」
「その通りだ。個展が開催されるまで詳細は極秘。これは、Arielの強い希望だ」
「でも、どうしてそんな重要な情報を私に?」
疑問を口にすると新しい煙草を銜えた零士先生が「ぶっつけ本番じゃ心配だからな」とフッと笑う。
「Arielサイドから、特に思い入れのある絵を展示することにしたので、個展開催中、絵に込めた思いを来館者に説明できるスタッフを常駐させてくれと依頼されたんだ。それをお前に任せようと思ってな」
「私に……ですか?」
「そうだ。絵の説明はお前の得意分野だろ?」