イジワルなくちびるから~…甘い嘘。【完】
その理由は……おそらく嫉妬。
私は薫さんに嫉妬していたんだ。ふたりは中学生の時から長い時間を共に過ごしてきた。つまり、薫さんは私の知らない零士先生を知っている。
そのどうしようもない事実が私の心を搔き乱す。そして思い出したのは、飯島さんが言っていた意味深なあの言葉。
――『常務と矢城さんは特別な関係だから』
飯島さんは零士先生と薫さんの関係をやんわり否定していたけど、もしかしたら……
そんな不安な気持ちがそのまま顔に出てしまい、零士先生にいい表情だと絶賛される。でも、褒められても全然嬉しくない。だから何も答えず、キャンバスの上を滑る木炭の渇いた音をただジッと聞いていた。
――午後十時、やっと零士先生が絵筆を置き、大きく伸びをする。
「今日はこのくらいにしておくか……慣れないモデルで疲れたろ?」
優しく声を掛けてくれた零士先生に私は小さく首を振り、立ち上がるとワザと素っ気ない声で「残金はいくらになりました?」と訊ねた。
そういう態度をとらないと自分の気持ちがバレてしまいそうで怖かったから。そして零士先生を吹っ切ることができない自分に苛立ちを感じていたんだ。
「現実的なヤツだな。うーん……あと九十万ってとこか……三時間で十万の返済なら文句はないだろ?」
「はい……」
「じゃあ、着替えろ。マンションまで送って行く」
けれどその申し出を断り、着替えると早々に部屋を後にした。
優しい言葉なんて掛けないで欲しい。じゃないと私、零士先生のこと……いつまで経っても忘れられないよ。