イジワルなくちびるから~…甘い嘘。【完】

マンションに帰って床に座り込むとドッと疲れが出て何もする気が起こらず、暫くの間、定まらない視線でボーっと宙を眺めていた。


あと何回、絵のモデルをしなきゃいけないんだろう……


既に私の気持ちは限界だった。このまま零士先生と一緒に居たら、自分の気持ちを抑え切れなくなりそうで……そうなったらまた傷付くのは必至。


今度あんな辛い想いをしたら、私はもう立ち直れないかもしれない。かと言ってモデルを拒否するワケにもいかないし、どうしたらいいんだろう。


途方に暮れてため息を連発していると零士先生からショートメールがきた。


ついさっきまでどうやって零士先生を忘れようかと悩んでいたのに、ディスプレイに彼の名前を見た瞬間、私の顔は確実にほころんでいた。でも、メッセージを読み終えると再び眉間にシワが寄る。


【お前が慌てて帰ったから言いそびれたが、絵のモデルをしているってことは誰にも言うんじゃないぞ。もちろん薫にもだ】


これって、薫さんに変な誤解をされたくないってことだよね。結局、そういうことだ……


一気に体の力が抜け、スマホをクッションの上に放り投げて苦笑いを浮かべた。


二十年近く零士先生の傍に居て、彼のことを知り尽くしている薫さんに私が勝てるはずがない。でもこれでスッキリした。明日からは、零士先生を薫さんの彼氏だと思うことにしよう。そうすれば、もう心が乱れることはない。


自分の気持ちに決着を付け、大きく頷いたのだけど、その想いとは裏腹に私の目には涙が滲んでいた――

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