可愛げのない彼女と爽やかな彼氏
私達は志賀崎家を後にした
志賀崎さんは玄関先で私達の車が門扉を出るまで手を振っていた
私が車のシートに深くもたれていると、相川くんが大丈夫?と聞いてきた


「大丈夫じゃない」
「さすがの奈南美さんも容量オーバーみたいだね」
「誰のせいなのよ」


そう言うと、可笑しそうに笑った相川くんにイラっとして、パシっと叩いた


「ごめんごめん。でも今からお母さんの所に行くんだよ?だからもうちょっと頑張って?」


そうなのだ
今から母の所に行くのだ
しかし、父と母のことは志賀崎さんから聞いたばかり

今更何を聞けばいいのか
そんな私に気付いたのか、運転中の相川くんは私の頭を優しく撫でた


「お母さんに聞きたいことがあるでしょ?それを聞けばいいんだよ」


母に聞きたいこと
確かに聞きたいことはある
しかしそれを聞くのは怖いのだ
だから子供のころから母には聞けなかった


「大丈夫だよ。奈南美さん」
「えっ?」
「大丈夫。俺が保証する。ほら、もうすぐ着くよ」


見えた先には母の会社『shindo』のビル
私は母の会社には興味がなかったので一度も来たことがなかった


「初めて来たけど、結構大きいね」
「そういえば、去年新築したって言ってたよ?お母さん」
「そうなんだ。知らなかった」


何も後楯がない人が会社を興し、ここまで大きくするのにどれだけ苦労したんだろうか
しかも、志賀崎グループの買収から逃れたのだ
並大抵な努力では出来ないことだと思う


「凄いね、相川くん」
「うん、そうだね」


相川くんは車を来客用の駐車スペースに停めて、慣れたようにビルに入ろうとしていた
私が少し躊躇っていると、にっこり笑って私をビルに入るよう促した
私は腹を括って相川くんと一緒にビルに入って行った
受付の女性に母と約束していると告げると、母の秘書をしている笠井さんという女性が出迎えてくれた
笠井さんが案内してくれたのは母がいるという社長室


「社長、失礼致します」


私達が社長室に入るとそこには落ち着きがないように母がウロウロとしていた


「お連れしましたよ」


笠井さんにそう言われ母が私達を見ると、明らかにホッとしたような顔になり、パッと視線を逸らした
そんな母を見て笠井さんはクスッと笑った


「今日社長はずっとこんな感じなんですよ?」
「ちょっと、笠井さん」
「はいはい、余計なこと言って申し訳ありませんでした。相川さん、奈南美さん。どうぞこちらにお掛け下さい。今お茶をお持ちします」


私達がソファに座ってしばらくすると笠井さんがお茶を用意してくれて、部屋を出て行った
その間私達は一言も喋らなかった
何をどう話していいのか分からない私を見兼ねてか、相川くんが口を開いた


「進藤社長、約束どおり奈南美さんを連れてきました」
「約束?」
「そう。進藤社長と約束したんだ。ここに来る前に志賀崎家に行って来ます。ちゃんと奈南美さんを連れて来ますって。社長は、奈南美さんと志賀崎さんが会うのを嫌がっていたんだ。志賀崎さんに奈南美さんを取られるかと思ってたみたいだよ」
「えっ?」


びっくりして母を見ると、母はなんとも言えないような顔をしていた
確かにまだ私が子供の頃に志賀崎さんは私を母から奪おうとした
まだそれを引きずっているというのだろうか
だから、さっきまであんな落ち着きがなくウロウロしていたのだろうか


「そんなこと。私はもう大人です。自分の居場所ぐらい自分で決めます」
「ええ、そうよね」


またしばらく沈黙が流れると、今度は母が口を開いた


「聞いたんでしょ?色々と。私のことや、志賀崎先輩のこと」
「はい」


母は父のことを先輩と呼んでいたのか……となんとなく思っていると母がふっと笑った


「あの?」
「全部聞いたのならもう私から話すこともないわね。もう仕事に戻るわ。あなた達はゆっくりしていきなさい」


そう言って立ち上がり、部屋を出て行こうとする母に私も立ち上がり思わず叫んだ


「ちょっと待ってください!!」


母はドアノブに手を掛けてビクッとした
その母の後ろ姿に私は堪らず叫び続けた


「何でいつもあなたはそうなんですか?!そうやっていつも私に背を向けるんですか?!どうしたら私を見てくれるんですか?!」


子供のころから母の後ろ姿ばかり見ていた
私が何か話しかけても忙しいからと、すぐに私の前から消えていたからだ


「ねえ、私、どうすればいいの?何を頑張ればいいの?」


それでも、母は私に背を向けたまま動こうとはしない
それどころか、ドアノブの音がガチャっと聞こえた


「お母さん!!行かないで!!」


初めて母を『お母さん』と呼んだ
子供のころから呼びたくても呼べなかった言葉
私は足の力が抜けてしゃがみこみ、床に手をついた


「お願い、お母さん。私を見て……置いて行かないで。1人にしないでぇ……」


私が泣き崩れていると、物凄い勢いで抱きしめられた
一瞬何が起こったのか分からなかったが、誰かの肩越しに相川くんの優しい笑顔が見えた


じゃあ今、私を抱きしめているのは、誰?


「……なみ。奈南美……ごめんなさい。ごめんね、ごめんねぇ」
「お、かあ、さん?」


やっと、今私を抱きしめているのは母なんだと思ったら、母にしがみつき、声をあげて泣くのを我慢できなかった
母は子供のようにしゃくりあげて泣いている私を離すことはなく、ずっと謝りながら抱きしめていてくれた
相川くんが、そっと部屋を出て行ったのも気付かなかった
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