可愛げのない彼女と爽やかな彼氏
私が落ち着くと母は私の涙を拭い、ちゃんと話しましょうと2人で並んでソファに座った
母は私の手を握っていた


「あなたが寂しい思いをしているのは分かっていたのに、可愛いと思っているのに、私はどうすればいいのか分からなかったの」
「分からなかった?」
「私は、子供のころ愛されたことがなかったから、どうあなたを愛したらいいのか分からなかった」


そうだった
母は捨て子だった
施設での生活は私も知ってるから、大体のことは想像がつく


「でも少なくとも私は、志賀崎先輩には、あなたのお父さんには愛されてたのに。先輩が私を愛してくれたように、私もあなたを愛せばよかったのに。私はそんな簡単なことができなかった」
「お母さん……」
「それに、怖かった。あなたを失うことが。志賀崎のあの人に奪われたらどうしようかとそればかり。私は二度と大事な人を失いたくなかった。だから、無意識にあなたと距離を置いたのかもしれない。でもあなたがF社に就職しようとした時反対した。志賀崎グループのS商事はF社と同業者。あなたは先輩に、志賀崎のあの人にそっくりだから、もし何かの弾みであなたが志賀崎の血を引いているのがばれて、あなたが志賀崎の家に行ってしまうのが怖かった」


なんだか言ってることが無茶苦茶ねと、悲しそうに笑う母に、勇気を振り絞って聞いてみた
聞きたくても聞けなかったことを


「ねえ、お母さん?」
「なあに?」
「私は、お母さんにとって必要な子だった?」
「えっ?」
「邪魔な子じゃなかった?いらない子じゃなかっ……」
「奈南美」


私が言い終わらないうちに母は私の言葉を遮って、私の顔を両手で包んでまっすぐ私を見て言った


「あなたは私にとって必要な子。邪魔だなんて思ったことなんてない。私はあなたが欲しくて欲しくてたまらなかった。だから産んだの。今更信じてもらえないかもしれない。でも、これだけは言える」


母はにっこり笑った


「あなたを産んでよかった。私みたいな女を母親に選んでくれてありがとう。産まれてきてくれてありがとう。あなたが産まれた瞬間、天涯孤独だった私は世界で一番大事な宝物を手に入れた」



それを聞いた私はまた泣いてしまい、母は私を抱きしめて背中を優しく撫でてくれた


「奈南美、あなたを欲しかったのは私だけじゃないのよ?」


私を欲しかったのは母だけじゃない?
どういうこと?と思って母の顔を見た
母は私の顔を撫でながら言った


「あなたの名前を考えたのは、志賀崎先輩よ」
「えっ?」
「私の名前はね、私が捨てられてたコインロッカーが駅の南口にあったからってだけでつけられたの」
「そんな……」
「だから、私は自分の名前が嫌いだった。でも、先輩がね?」


母は懐かしそうに話してくれた



「じゃ、もし女の子が産まれたら『奈南美』にしよう」
「えっ?」
「自分の名前に一文字加えた名前を自分の子供につけるんだ。そうすればお前も自分の名前が好きになれるだろ?」
「物凄くこじ付けなような気がするんですけど。それに、『奈』はどこからきたんですか。男の子だったらどうするんですか?」
「『奈』は俺の直感。男の子ならお前が考えればいい」
「そんないい加減につけないで下さいよ」
「う〜る〜さ〜い〜。な〜奈南美〜?」



私の名前は父がつけた?
じゃ、父は


「私が志賀崎の別荘に監禁されるちょっと前に妊娠してることが分かったの」
「じゃ、父は。お父さんは……」
「ええ。あなたに会えるのを本当に楽しみにしていたわ」
「そうなんだ。お父さん、知ってたんだ……」


私はどこかホッとした
父が私の存在を知っていたんだと思うと、やっぱり嬉しかった
だからだろうか?
母を志賀崎の別荘から助け出し、追ってきた車に衝突された時にハンドルを切ったのは
母だけじゃなく、私も守ろうとしたのだろうか?


「よかったわね?奈南美」


母の言葉に首を傾げた


「あなたを愛してくれる人に出会えて、あなたも愛する人を見つけられて。きっと、先輩も喜んでるわ」
「お母さん」


そうしていると、ドアをノックする音が聞こえて相川くんが入ってきた


「話、終わりました?」
「ええ。いろいろありがとう、相川さん」


いえ、と言って相川くんは母に手に持っている紙袋を渡そうとした


「相川さん、これは?」
「志賀崎さんから預かってきました。社長に……お義母さんに渡して欲しいと」


母が息を呑むのが分かった
相川くんはそれでも母に紙袋を渡した
母が恐る恐る紙袋の中に入っているものを出すと、それは小さなビロードの小箱
母が震える手でその小箱を開けるとそこには2つのマリッジリング
母は何も言えず手で口を覆った


「志賀崎さんが尊さんの……お義父さんの遺品を整理した時に出てきたそうです。それと、あと1つ袋に入ってます」


震えの止まらない母の手で紙袋から出したそれは、私が志賀崎家で見せてもらった、 幸せそうな両親の写真だった


母は懐かしそうにその写真を撫でながら言った


「先輩、お久しぶりです。もう、会えないかと思っていました」


そうして母は、静かに涙を流した
私が母が泣くのを見たのは、初めてのことだった
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