結論、保護欲高めの社長は甘い狼である。
にこやかにそう言って頭を下げたのもつかの間、入り口のほうを向いたままこちらを見ない彼女から、思いもよらないひとことが聞こえてきた。


「どうして私がこんなことしなきゃいけないのよ……」

「え」


ボソッと呟かれた低い声は、綾瀬さんのものとは思えず、私は目をぱちくりさせる。

次の瞬間、バッと勢い良く振り向いた彼女が般若のようなお顔をしていたものだから、ものすごくギョッとした。


「社長の頼みじゃなきゃやってられないわ。休日に、ただあなたにマナーを教えるためだけに出てくるなんて!」


まさかの変貌ぶりに、なんのリアクションも返せない。

さっきの穏やかで優しい姿は上辺で、これが綾瀬さんの本性……!? 社長といい秘書といい、二面性がありすぎる!

唖然とする私の前で、両手をぐっと握りしめた彼女は、わなわなと怒りを露わにする。


「本来なら私が同席するはず。気難しいパティシエだろうがなんだろうが、手玉に取ってみせる自信はある。なのに! どうしてただの研究員のあなたに~!」

「それは、私に言われましても……」


苦笑いしながら小さく反論してしまった。

私だって、できれば綾瀬さんにお願いしたいところだ。さすがと言うべきか、自信もたっぷり持っているようだし。

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