今宵、皇帝陛下と甘く溺れる
 ぐりんと顔の向きを戻し、アリーナも倣って齧り付く。
 まずアリーナを驚かせたのはシャキシャキとした野菜だ。少しぴりっと辛いドレッシングが新鮮さを際立たせている。ベーコンは炙られているらしく、じゅわっと肉汁と共に芳ばしさが鼻に抜ける。ゆで卵は黄身の真ん中だけが半熟で、程よく崩れて蕩ける。顎が痛くなりそうだが、それすらも気にならないくらいに無心で咀嚼し続ける。

 バゲットサンドはあっという間に消え去った。ふうと息をつき水を飲む。
 カディスがにやにやとしてこちらを観察していることに気がつき、アリーナは顔を赤らめた。

「美味かっただろ」

「はい。……とっても」

「そりゃあよかったよ。これもよければどうぞ、アリーナさん。サービスだよ」

 置かれたのは深めの椀に入ったスープ。

「わ、ありがとうございます。って、名前……言いましたっけ?」

「あら……そう呼ばれてなかったかい? 気に障ったのならごめんねぇ」

 肩を落とす老婦に、ぶんぶんと顔の前で手を振る。

「あ、呼ばれるのが嫌とかじゃなくて! むしろ嬉しいです。アリーナでいいですよ」

「そうかいそうかい」

 うふふと笑う声は本当に優しげで、どことなく懐かしく感じる。
 自分に家族はいないけれど、もしいたらこんな感じだったのだろうかと少し考えつつ。

「!」

 促されスープを飲んだアリーナは驚いて老婦を見た。
 薄い塩味。調味料を贅沢に使えなかった下町ではスープと言えば大抵がこれだったけれど、まさかまた食べられるとは思わなかった。

「ああ、この辺じゃあ珍しい味付けかもねぇ。口に合わなかったかい?」

 まさか、口に合わないはずがない。アリーナにとっても思い出深い味だ。
 とはいえ、貴族であるカディスにとっては味気ないものだろう。そう思ったが、思いの外黙って味わっている様子だった。

「ディーもこれが好きでね。この辺りでは変わってるねぇ」

「へぇ……」
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