今宵、皇帝陛下と甘く溺れる
「ここだ」

 明らかにアリーナが一生行くことのなかったであろうと思われる、上品な外装の店だった。流石に気後れして立ち竦むが、カディスは無造作に扉を開けてしまった。この前で置き去りにされる方が困るので慌てて一緒に滑り込む。

「ふむ、なかなかいいな」

 カディスが顎に手を当てながら慣れた様子で店内を眺めている。
 対してアリーナはといえば、摘めば砕けてしまいそうな繊細な意匠の商品の数々に、おっかなびっくり顔を近づけていた。確かに綺麗だけれど、一体いくらするのだろうかということばかりが頭をよぎる。

「気に入ったのがあったか」

 アリーナはあっけらかんと首を振る。

「やっぱり私みたいなのは、こういうのは疎くてよくわかりません」

「そうか。それならこれはどうだ」

 唐突に腕を回される。何事かと狼狽える間にぱちんと小さな音がして体が離れた。首周りに違和感を覚えてなぞると、細い紐のようなものに触れた。
 カディスに肩を押されて鏡の前に立つ。

 左右から伸びる紐の中心に、小さな石がひとつ控えめに煌めいた。

「お前は華美なものより、こういうやつの方がいいんだろう。小さいが綺麗な明るい翠色の石だ。お前の瞳がよく映える。紐の色もお前の髪と合っているからいいだろう」

「へ? ……私のものを探してくれてたんですか?」

「は? ……俺はてっきり、お前が珍しく欲しがったんだと」

 2人で顔を見合わせる。微妙な空気がむず痒くて居た堪れなくなったアリーナは、カディスを上目遣いに見やった。

「こういうものに興味無いって……最初にお城に連れてこられた時に強く言ったつもりでしたけど、覚えてませんでした?」

 覚えている、まったく紛らわしいことをするな、とカディスが顰め面で呻く。

「……まあ、庶民のお前にはこのくらい地味な方が似合うんじゃないか」

 恥ずかしかったのかカディスが誤魔化すように憎まれ口を叩くが、もうあまり意味は無い。それに、本気でそんなことを言うような人ではないのはいい加減にわかっている。

 そもそも、あれだけ瞳が何とか、髪が何とか言っておいて無理がある。
 誤魔化すなら、もう少し上手くやってほしい。そうでなければ、先程のあれが本気で言ったのだと嫌でもわかってしまう。
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