今宵、皇帝陛下と甘く溺れる
「さて。貴女のような気立ての良さそうな女性が手をあげるなど、どうされたのか」

 涼しい顔で剣を納めたカディスが女に微笑む。アリーナはその横顔を見て、ひっそり震えた。表面上はにこやかだが、彼が心底怒っているのがわかった。

 女は突然の乱入者が人間離れしたことをしでかしたのとその美貌とに目を白黒させている。勢いに呑まれたように幾度も口をぱくぱくさせた。

「ど、どうしたもこうしたもないよ! 店で使うものを頼んだのに買ってこられなかったから躾けてやってるんだ」

「へえ。ああ、これか。見せてもらおう」

 カディスは女が持っていたリストらしきものを取り上げた。一瞥して、ひらひらと周囲に向けて振る。

「全て文字で書いてあるようだが、下町の者が読めないとは思わなかったのか? 少し考えればわかると思うが。簡単にでも絵を描いてやればわかったろうに」

「なんでそんな手間を私が……」

「“下町育ちの彼女とは違って聡明な”貴女ならそのくらいは頭が回っただろう? そうでなければ──態とわからないようにしたのだとしか思えないが」

 たっぷりと皮肉られ、ぐ、と女が言葉に詰まる。
 カディスが少女に向き直り紙を見せる。

「読めるか」

「……い、いっ、いえ……」

 少女がおっかなびっくりといったようすで控えめに首を振った。

 次第に非難の視線が女に集まる。それは決して少女に対する哀れみではなく、女を断罪することによって女と同じ立場ではないと思い込むためのただの自己満足ではあるが。
 恐らく誰もそれを自覚してはいないだろう、とアリーナは呆れて鼻を鳴らした。

「よもや、彼女に暴力を振るためにこのような下らぬことをしたわけではないだろうな?」

 カディスの剣のように鋭く冷ややかな瞳にひたと見据えられ、女が怯えた様子で口を閉ざす。彼は女に袋を押し付けた。

「これだけあれば満足か」

「……は?」

「この少女を買う。不満なら、この話はなかったことに」

 袋の中を覗き込んだ女が、慌ただしくそれを背後に隠した。幾ら程入っていたのかは想像に難くない。

「はは、どうもね、金持ちのお兄さん」

 途端にころりと表情を変えにこやかになった女が少女にしっしっと追い払うように手を振って店の中へ引っ込んでいった。
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