今宵、皇帝陛下と甘く溺れる
 ──眩しすぎる。
 アリーナはただ、目を細めた。

「……何でもかんでもお金で解決するなんて」

「話してもわからん奴にはそれが一番だ。暴力に訴えずに済むならその方がいいに決まっている。力を奮っていいのは、守る時だけだ」

 アリーナがその輝きをくすませようとしても、カディスはそれをあっさりと振り払ってしまった。ぐぐっと伸びをしてずれた帽子を押さえ直す。

「生憎、俺には時間が無いからな。ゆっくり説得している暇はない。……さて、今日は歩いて帰るか」

 黙って頷いて、横に並ぶ。カディスがほんの少し歩幅を狭めたのがわかった。あからさま過ぎず、アリーナが気にしないギリギリの歩調の緩め方。
 だからカディスは気づかれていないと思っているのかもしれない。それがむず痒い。
 だって。それはつまり、見返りを求めない純粋な善意ということで。

 気を遣われている、女の子扱いされている、ということがアリーナにとってどうしようもなく恥ずかしいことだった。
 急に、歩き方がわからなくなる。息が苦しくなる。自分は今までどうやって……この人の隣にいたのだろう。

 大通りの両脇には色とりどりの可愛らしい煉瓦の建物がずらりと並んでいる。どれもが魅力的で、アリーナは逃げるように視線を巡らせる。
 仕立てのいい服に身を包んだ人々が行き交い、どこからかわくわくと浮き立つような軽やかな音楽に手を叩く音が聞こえてくる。

 しかし、そのどれもが、今のアリーナには些末なことだった。
 天を仰いで、深く息を吸い込む。

 こんなに、世界は鮮やかだっただろうか。

 ……こんなにも。

 歩を進める度、水面に波紋が広がるようにくすんでいた世界が彩付いていく。しかしそれは、アリーナ自身からではなかった。

 隣にいる、カディス。
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