今宵、皇帝陛下と甘く溺れる
◇◇

「止めてくれ」

 まだ道半ばだったが御者に声をかけ、馬車を降りる。後続の馬車にはララとアリーナが乗っている。

 続いて止まったその馬車の扉を、カディスは乱暴に開けた。
 心做しかげんなりした顔のララがこちらを見た。特に何を言うわけでもなくちらと視線を逸らす。アリーナは彼女の向かいに、体調が優れないらしく厚いヴェールを被って椅子にもたれていた。

 カディスはつかつかと歩み寄ると、ヴェールを剥ぎ取る。

「──アリスティア、どういうつもりだ」

 静かな、けれど明らかに激情を堪えて微かに震える声に、アリーナ……のふりをしていたアリスティアはにこりと微笑んだ。

「あら、バレてたのね」

「当然だろう」

「それならどうして止めなかったの? やっぱり、私の方が大切だから?」

 おどけるように、しかしどこか真剣な声色で。

 カディスはアリスティアにしかと視線を合わせた。

「何か理由があるのだろうと思ったからだ。お前は確かに破天荒なところもあるが、無駄に無茶なことをするような奴じゃない。今までどれだけ助けてもらったか。人質にさせているのも申し訳なく思っている」

「それは、だって、私は……!」

 アリスティアは言葉を飲み込んだ。代わりにわっと顔を手で覆う。

「狡いわ。そんなの、狡い。……突き放すより残酷よ」

 いやいやをするように頭を振る。

「……あの子なのよね。貴方がずっと、想っていた子」

 ぎりっ、と形の良い唇を噛みしめる。

「どうしてよ。私じゃなくてあの子なの! 吸血だって、私がどれだけ良いと言っても指先から最低限必要な分をちょっと吸うだけだったのに、あの子には……っ」

「そ、れは」

 顔を上げ、眦を釣り上げてじいっとカディスを見つめていたアリスティアだったが、暫くして糸が切れたように、ふにゃりと泣きそうに表情を崩した。

「特別、なのよね。わかってるわよ、それくらい。私にとってのカディスみたいに。どうしようもないことなんでしょう。そんなの、本当はわかってるわ」
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