限りなくリアルな俺様参上!
α.想い人は俺様
いつものように

いつもの時間に

いつもの電車に乗り

いつもの疲れを

いつもの姿勢で

連結部のドアにもたれ

窓の外に目をやり

地下鉄の暗いトンネルの壁が

ブンブン飛んでいくのを

私はボォッと見ていた。

会社帰りの満員電車は

首を垂れてスマホに集中している人ばかりだ。

急行は次の駅まで走行距離があるため

電車はかなりの時間を走り続け止まらない。

ガチャっと音がした。

後ろの車輌からこちらの車輌へ乗り移るのだろうか。

連結部の向こうのドアが開く気配と人の動きを感じた。

私が寄りかかるこちら側のドアノブが動いた。

私はため息をついた。

なぜなら

混んでいる中を移動する人に腹が立ったからだ。

少しでも空いていそうな車輌に乗り移りたいのだろうか。

その努力は無駄だと言ってやりたい。

どの車輌も同じような混み具合のはずだ。

私は寄りかかっていた肩を浮かせ

仕方なくドアから可能な限り身を引いた。

と言ってもほんの数センチだ。

ところがドアがなかなか開かないため

苛立った私はガラス越しにチラリと向こうを見た。

薄暗い中に立つスーツしかわからなかった。

ごく普通のサラリーマンだろう。

関心なく元の方へ視線を戻した。

その途端

スッとドアが開き

グイと腕を引っ張られた。

あっという間に私は連結部の中にいた。

声も上げられず

ハッと思う間もなく

唇を奪われた。

ちょ、ちょっと何なの、この男は?

「るう。」

名前を呼ばれて余計動揺した。

こんな所でキスされ

自分の名前を言われ

明りのない場所で背中がスッと冷えた。

連結部は電車の揺れが激しく

ガッシリと背を抱かれて身動きが取れないばかりか

唇は唇でふさがれたままだ。

気が動転するのも当然ながら

左右の車輌には多くの人が乗っている。

その事実にどうしようもないほどの恥ずかしさがこみ上げても

このキス魔に抵抗できない。

カッと怒りが沸騰してきた。

肝心のキスは何も感じなかった。

そうだ、足を蹴るしかない。

思い切り蹴ってやる。

ところが動きを察したのか

背中にあった手が腰に移動し

ガシッと臀部を鷲掴みされてひるんだすきに

さらに身体が密着してしまった。

何十秒間経っただろうか。

実際はほんの数秒だったが。

その数秒が私にはスローモーションのように

長く思えてならなかった。

「るう。」

唇が離れた。

なぜかドッとくたびれた私が見上げると

相手は前の会社を辞めたF氏だった。

私が秘かに想っていた人だ。

連絡先もわからず

何もしないまま忘れようにも忘れられず

心のどこかでまだ想っていたい人だった。

彼が去ってから私もすぐその会社を辞め

今の会社へ入社した。

まさかこんな所で会えるとは思っていなかった。

連結部の音が余りにもうるさいため

スッキリと考えがまとまらない私に言った。

「俺には逆らえないはず、だろ?」

その強硬な言葉が妙に意を得たように聞こえた。

「大丈夫、誰も見てない。」

左右に目を走らせたが本当にそうだった。

誰一人として私たちに関心ないようだ。

二度目のキスは

フツフツと熱を発する彼の唇が

私の唇を好きにして

私を頭をクラクラさせて

私はただ彼の腕の中で

甘えるようにもたれかかるだけだ。

いつまでも揺れていたいと

そう思うだけで

彼の上手すぎるキスに

やっぱり逆らえない。

電車がブレーキを踏み

徐々に次の駅が近づいてきたようだ。

連結部は最期にもうひと揺れして

電車が止まった。

唇がいやにゆっくりと離れた。

「降りるぞ。」

「は?」

「行こう。」

「行こうってどこへ?」

「決まってる。」

「ま、まさか?」

「はは~ん。」

私はからかわれたのだ。

彼は私の額を指で軽く押した。

「安心しろ。腹ごしらえだ。」

顔が真っ赤になった私は手を引かれて

電車を降りた。

ごった返すホームを人の流れに合わせて歩いた。

彼は握った私の手にそっとキスしながら言った。

「言い間違えた。」

「は?」

「まずは、腹ごしらえだ。」

悔しい。

言い返したい。

でもそれはできないことだとも思った。

なぜなら

自分のすぐそばに彼がいるのを

やっと実感しつつあるからだ。

次第に足元がフワフワしてきた。

素直に嬉しかった。

今が会社帰りで

仕事疲れで

当然夜で

明日も普通に出勤だという現実が

わからなくなってきた。

「るう、何食べたい?」

勿論あなたですけど。

なんて口が裂けても言えない。

「何をにやけてる?」

「えっと、あとで言うから。」

「あっそ。」

こんな風に話せるほど親しくなかったはずだ。

今となってはどうでもいいことだと

私は夢心地でいた。

「るう。」

「はい?」

「俺の唇を忘れるなよ」

ひゃあ~カッコイイ。

その時は舞い上がってわからなかったが

後で思った。

余りにも現実に起こりえない

あり得ない彼との再会に

私は改めてゾッとした。

良い意味でだ。

そんな私にはお構いなくこう言った。

「俺をもっと好きにさせてみせる。」

ひゃあ~ウットリ。

その時は彼に夢中でわからなかったが

後で思った。

俺様な人種は言うことがいちいち非現実的だ。

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