限りなくリアルな俺様参上!
γ.アーティストは俺様
私は新堂美久。

自宅でプログラマーとして生計を立てていた。

顧客に不自由はなかった。

同じ区内に住む友人塚原奈緒から

フリーペーパー用のカフェ・リサーチのバイトもやっていた。

在住外国人向けだったので全て英語だ。

「とにかく、美久が客として食べ歩いたカフェを1店舗ずつ紹介するだけだから、気楽にやってちょうだい。」

と言われた。

店のマップとメニュー、雰囲気、プラス私の率直な感想を載せたいらしい。

「わかったわ。週1のペースでやってみるわ。」

「頼むわね。その都度メールしてちょうだい。」

今日は自宅から2駅先の有名百貨店へ行った。

1Fにはカフェが3店舗も入っていた。

やはりその内の1店はペット可でテラス席も完備していた。

私は一番面積の小さい店を選んだ。

カフェではなくシュークリーム屋だった。

当然シュークリームがメインだ。

ドリンクの種類は普通のようだ。

テイクアウトは4個980円と月並みなプライス。

試食に入ることにした。

午後早い時間で客は少なかった。

駅前だから夕方混むのだろうと踏んだ。

店内はクリームっぽいオレンジ色で統一されていた。

テーブル、チェア、カウンターの全てにシュークリームのイメージを意識していることがすぐにわかった。

店員のコスチュームもしたりだ。
 
「こちらでお召し上がりですか?」

「はい。」

「ご注文をどうぞ!」

私はシューの入ったガラスケースを眺めた。

「あの、注文を受けてから中身を入れるんですか?」

「はい。当店のシューは焼き上がり後、少々休ませたものにご注文のクリームをお入れしています。」

「じゃ、カスタードとポイップの両方を入れてもらうこともできるのかしら?」

「はい、ハーフですね?」

トレイにのせた巨大なシュークリームとノンシュガーの紅茶をポットでもらい

私は奥の席へ座った。

シューの上に手をかざすとまだほのかに温かい気がした。

シューはバリバリでもなくパリパリでもなく

サクッと歯ごたえのある厚めの生地で

シューだけの味も濃厚だった。

納得できる味だわ。

黄色いカスタードクリームはまったり感が絶妙だった。

純白のホイップクリームも甘すぎず

2タイプのクリームをシューと一緒に噛みしめた時の喜びは誰もが顔に出ると思った。

このシュークリームはきっとリピーターが多いに違いないと確信した味だった。
 
「いらっしゃいませ!」

何やらカウンター内が騒がしかったが

私は自分の感想をメモったり

店内のイメージをつかんだり

ロケーションをチェックしたりと食べながらせっせとノートにペンを走らせていた。

時々頬杖をついたり考えたり窓の外を見たりしながら。

「ここ、いい?」低い声だった。

席なら他にたくさんあるのにと一瞬思った。

「どうぞ。」私は半分どうでもよく

ちらりとその背の高い男性に目を向けただけで軽く言った。

「君はここのリピーターだろ?」

いきなり話しかける人も珍しいと思った。

「いいえ、初めてです。」と答えながら私はマジマジと相手を見た。

彼の青い目に違和感があった。

ハーフかしら?

しゃべる日本語は普通だった。

彼は巨大なシュークリームを器用に食べ始めた。

シューの上部を手に持ち

それをスプーンのようにして中のクリームをしゃくっていた。

へぇ、面白い食べ方をする人だと思った。

「何?」

私がじっと見ていたせいか

彼のそのひと言でハッとした。

「器用に食べるんですね。私なんてこんなにグチャグチャです。」

「やっぱり初めてなのか。」

「はい。」

今度は彼が私をじっと見つめた。

「何を書いているんだ?」

「リサーチです。」

「なるほど。俺の好みと一緒だな。」

本当だと今気づいた。

「カスタードとホイップのハーフが一番このシューと合うんだ。知ってた?」

「いいえ。」

この人、とても甘党には見えないのに随分詳しそう。

「お詳しいんですね?」

「当然だ。リピーターだから。」

「他のクリームではダメですか?」

「好みだな。俺は甘党じゃないが、ただ一つここのこの味だけは忘れられない。君はなぜハーフを選んだ?」

「何となくです。」

「ふん、何となくか。」

「あの、ちょっとお聞きしてもよろしいですか?」

「何?」

「甘党でない人でも食べられるでしょうか?」

「俺以外のヤツはどうだかしれない。」

「はぁ。」

「これじゃ答えになってないか。」と言ってニヤッ笑った。

彼のその不敵な笑いになぜかゾッとした。

この人、誰?

青い目が冷たいと思った。

この店に不釣合いな人だと思った。

「俺、変?場違いだと今思っただろ?」

「・・・・・」実際にそう思ったので私は少々後ろめたかった。

「ぷっ、図星だな。君は顔に出るタイプだ。すぐわかる。」

私は彼に言われたことに気を取り直して質問をした。

「あなたが絶賛するこのシュークリームに一番合うドリンクは何かしら?やっぱり紅茶ですか?」

「いや、違うな。」

「じゃ、コーヒー?」

「いや、残念だがここにはないものだ。」

「ここにはないものですか?」私はメニューをざっと見た。

「それが何かわかったらご褒美をあげてもいい。」

「ご褒美、ですか?」

「そう、考えて。」

う~ん、ドリンク・リストに載ってないものは。

お茶だ。

日本茶か中国茶か。

羊かんなら緑茶が合うけれど

かと言ってウーロン茶もしっくりこない。

でもやっぱりサッパリ感を求めるなら熱い緑茶よね。

「わかったわ。熱い緑茶だと思います。」

「正解。ここには置いてないから残念だ。」

私はメモった。

1リピーターの声を正直に書き留めた。

ホットグリーンティーと。

あと他にも気づいたことを書いた。

ロゴマークのことで奈緒はイラストも可と言っていた。

私は向かい合わせに座った彼などすっかり頭になくノートに書き続けた。

最期に自分のコメントとして

一度食べてこの味を知ってしまえば虜にされるシュー

好みのクリームをオーダーできるセレクト感に

それから、う~ん。

「君の名前は?」と思考を中断させられて彼の存在を思い出した。

「新堂美久です。あなたは?」

「俺はTOJU。透樹と書く。」

「変わった名前ですね。苗字は?」

「無い。」

「無いですか?」

「君にとって、俺は無名か。」

「ごめんなさい。有名な方なんですね、アーティストさん?」

「仕方がないな。これをあげよう。」彼にCDをもらった。

「俺のニューアルバムだ。」

「ありがとう。これがご褒美なのね。」

「予定外のご褒美になったな。まあいいか。」

私はCDケースのジャケットを見た。

一体どんな歌なのかしら?

彼の様子だと、ハードなロックか、メチャクチャなライブを想像したが

手の中のCDジャケットはそれに反して柔らかい色彩の流動的なデザインだ。

「どこでなら君に会える?」

「私?私は自宅でプログラマーをしてますので、殆ど外には出ませんが。」

「じゃぁ、この後は帰るんだな?」

「はい、そうですけど。」

「家まで送るよ。」

「えっ?でも、」と私はこの時初めて店内のざわめきに気づいた。

店の外も何やら騒がしく

どこから集まってきたのかさっきまでの静けさとは無縁だった。

「出よう。」

「あ、はい。」と言うしかなかった。

店内も外も騒然とした様子に私も早くここから出た方がいいという雰囲気にせかされた。

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