限りなくリアルな俺様参上!
私は久々に奈緒のオフィスへ行った。

いつもメールで済ませていたのでたまには顔を見たかった。

シュークリームの箱も忘れずに持った。

「美久!驚いた。あなたが外へ出るなんて珍しいわね。台風でも来るんじゃないの?」

「やーね、これお土産よ。」

「ありがとう。これが例のシュークリームね。冷蔵庫に入れておくわ。」

「カフェ・リサーチも20店くらいだけど、まだ続けるつもりなの?」

「どうして?もう嫌になった?」

「そうじゃないけど。」

「美久が下りても大丈夫よ。他の人にやらせるから心配ないわ。私はね、あなたのためを思ってわざと頼んだの。私の気持ちわかってくれた?」

「わかってる。ありがとう。」

「で、何かあった?あなたがここに来るなんて何か理由があるからでしょう?私には何も隠せないわよ。美久は顔に出るタイプだからわかっちゃう。何でも言っていいのよ、私には。」

「奈緒の顔を見たらホッとした。」

「ぷっ、私の顔でなごむなんて。」

私は彼女とカフェ・リサーチの段取り確認と改善点を話し合って別れた。

駅前のカフェでひと息つこうかしら?

本屋にも寄りたいし

ランチはどうしようかしら?

着信『美久、今どこにいる?』

『XX駅です。』送信。

『今から迎えに行くから待ってて。』着信。

透樹の車で移動した。

「君の所へ寄っていい?」

「樫山スタジオでさっき終わったんだ。昨夜は寝てない。少し休ませてほしいんだ、いい?」

「ええ、どうぞ。」

部屋に入るや否や彼はシャワーを浴びて私のベッドにもぐり込んで数秒で寝息を立てていた。

一体どんなスケジュールで動いているのかしら?

私が心配してもどうなるものでもないけど。

さっき買ったローストビーフのクラブサンドをかじった。

ジャスミン茶で流し込んでPCに向かった。

彼は2時間くらい寝るかしら?

私はプログラミングの続きを仕上げた。

カクカクと打つ音だけが静かな部屋に響いた。

「美久?」

「起きた?音がうるさかった?」

「君がうらやましい。」

「どうして?」

「こんなにも静かな仕事場で。」

「食べるでしょ?さっき買っておいたの。今お茶を入れるから座って待ってて。」

「ありがとう。」

時計を見たら15時だった。

「今日の予定は18時に某TV局へ入ればいいんだ。上がったらまた来るよ。」

「本当?嬉しい。」

「少しでも君のそばにいたい。俺の気持ちをいつも君に届けたい。」

透樹の肌の温もりに震えた。

まるで初めて触れた時のように

私を感じさせていつまでも余韻を残して私に覚えさせた。

「続きは今夜だ。」

「透樹、私もっとあなたに浸りたいの。」

「わかった。」

着信『美久、ジャケ写の撮影で香港へ行く。一週間だ。君の予定は?透樹』

『なぜ?美久』送信。

『君を連れて行きたい。』

『ありがとう。』

『スケジュールを添付した。現地のホテルで会おう。』

私が単身で海外へ行くとは自分でも信じられなかった。

その日離陸まで空港で一人時間を潰した。

飛行時間はほんの数時間だ。

ホテルの部屋で荷物をほどいた。

部屋の内線が鳴った。

「美久、着いた?」

「透樹。」自然に声が弾んだ。

「俺はウロウロできないから君にこっちへ来てもらいたい。」

「わかった。何時に行けばいいかしら?」

「今すぐだ。待っている。」

彼は私を抱いて満たされたと言った。

「私を一人で来させるなんて透樹だけね。」

「なぜ?」

「私は一人で出歩くタイプじゃないから。」

「へぇ、初めて知った。」

「カフェ・リサーチだって友達が気を利かせて私を外へ出したのよ。」

「じゃぁ、あの店で君に会えたのは彼女のおかげだな。」

「奈緒って人の世話を焼くのが趣味なのよ。」

「ふぅん、一度会ってみたいな。」

「ダメよ、絶対ダメ!」

「どうして?俺が彼女に会ったっていいじゃないか。」

「奈緒はとてつもなくいい女なのよ。透樹も目移りしちゃうかも。」

「ますますいいね。俺がクラッとするくらいの女なんて美久の他にいるか確かめたい。」

「ウソばっかり。」

「本当だ。事実なんだ。」

「透樹が私なんかに夢中になるわけないって疑っていたし。」

「美久、今の自分を否定するなよ。君は俺が求めていた存在なんだ。あの時はなんて近寄りがたい女なんだと思ったが、話すうちにゾクゾクしてきた。俺はどんな女としゃべくってもゾクゾクなんて経験はなかった。君の一挙一動に目を離せなくてどうかなっちまいそうだったんだ。これこそが運命だと後で思ってゾッとした。あの時君とすれ違っていたらと思うと死んだも同然だ。俺の人生は終わっていたとまで思ったら涙が流れたくらいだ。」

「大袈裟ね。」

「君には俺の全てを話すことにしたんだ。君のことももっと知りたい。ゆっくり知っていきたい。頼むから俺を愛し続けてくれないか?」

透樹は真剣な目で私を見つめた。

私も彼の想いに熱くなりそうだ。

「私の心の中は隅から隅まで透樹のものよ。これ以上にあなたが欲しいものってあるの?」

「ある。あるけどそれが何かわからない。たぶん俺がまだ知ってない君とか、まだ見てない普段の君とか、とにかく一人でいる時の君だ。誰にも依存してない一人でいる時の君でさえ自分のものにしたい。俺って欲張りだろ?」

「自分のことは自分でも100%わかってないのに、私の100%が欲しいなんて不可能なのに。」

「そうだな、同感だ。君はいつも冷静だ。我を忘れるほど熱くなったりしないだろ?」

「いいえ、なりふり構わず恋に狂った時があった。追いかけても追いかけても会う時間がなくなっていって限界を味わった。こみ上げる想いに潰されて涙が枯れなかった。余りにも夢中になり過ぎて回りを見てなかった。見えなかった。」

「今頃そいつが後悔していると思うと俺としてはしたりだ。」

「透樹、私はあなたと愛し合えて自分を見つめ直すことができた。もっと女として一人の男性を愛することに神聖な心を意識したいの。ドロドロした愛でなく、透き通った清らかな想いよ。自分に正直な気持ちでいたいの。私にも嫌な部分があると思うから、透樹には遠慮なく言ってもらいたいの。」

「君がそばでしゃべっているだけで俺はおかしくなりそうなんだ。俺にとって君の存在だけでいっぱいいっぱいで、いつもいつもそればかりだ。俺だけがこんなで、君はそうでもないのが唯一気に食わないな。」

「一週間も近くにいられるなんて夢みたい。」

「俺が爆発したら美久に何とかしてもらうから覚悟しておいてくれないか?」

「いいわよ。」

「冷めた言い方だな。それにさえ狂いそうだ。」

透樹の溢れる想いの中で抱かれた。

香港での一週間は毎夜透樹と愛し合った。

求めて欲しがって与え合って狂った。

一週間後別々に帰国した。

透樹は奈緒に会いたがった。

私は事前に彼女とアポを取った。

オフィスには彼女だけの時がなかった。

誰かしらスタッフが居たが

夜なら大丈夫だと言うので私は透樹を連れて行った。

「奈緒、こちら透樹さん。」

「初めまして、塚原奈緒です。」

「美久を外へ出してくれた礼を言いたくて、ありがとう。でなければ俺は彼女と出会えなかった。」

「透樹さん、美久は私のものよ。でももう違うのね。私の肩の荷が下りたわ。お礼を言うのは私の方かもね。彼女を支えてくれるのがこんなに素敵な方なら文句を言えないわ。美久、私は自分のことのように嬉しくて、あなたが苦しむ姿をもう見たくないの。」

「奈緒、いつもありがとう。これ、香港のお土産よ。」

「んまぁ、香港へ?信じられないわ。出不精のあなたをよく行かせたわね。透樹さん、一体どんな魔法をかけたの?さぁ、もう遅いわ。会う時間が少ないんじゃなくて?私には遠慮しないで帰っていいのよ。美久、彼を離しちゃダメよ。」

奈緒は私たちの車が見えなくなるまで手を振っていた。

奈緒のオフィスから帰った。

「塚原奈緒、グッときたが美久とは比べられない。」

「奈緒はそこらの女とは違うのよ。」

「俺にだってそれくらいわかる。いい女だったな。」

「ほらぁ、やっぱり思ったでしょ?」

「だが、俺のタイプじゃない。彼女には多分ちゃんと男がいると思う。あの雰囲気は誰もが持てるものじゃないな。」

「奈緒に恋人がいるって言うの?」

「そうだよ。俺にはピンときた。必ず後ろについているヤツがいる。知らないのか?」

「私には何も。」

「賢い女だな。君には黙っているなんて。」

「そうなの?奈緒ったらそんな素振りなんてちっとも。。」

「今度4人で会ってみたいな。彼女の男がどんなヤツか知りたい。」

「透樹の悪い癖ね。奈緒に叱られちゃうわ。」

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