限りなくリアルな俺様参上!
δ.上司は俺様
私は仁科理沙。

和風小物の製造会社で扇子のデザインを担当していた。

今一番の売れ筋は

黒のシースルー地に笹の葉を銀メッシュで散りばめ

ブロンズ色の金具を使用することで派手感を抑えたデザインのものだ。

そのシックな雰囲気が幅広い年齢層にうけていた。

私の考案する新商品を一番支持してくれるデザイン部の内野主任。

彼は私の上司だ。

私は理解ある上司に恵まれていた。

「仁科?秋物はこの間で締め切ったが、まだ何かあるならギリギリで出せる。」

「内野主任、いつもありがとうございます。これなんですけど、他のものより古臭いイメージかもしれなくて、どうしようか迷ってました。」

「やはり、最後にひと声掛けてよかったよ。どれ?」

わら半紙のようなものに

薄茶のシミかと思うようなニジミ跡がまだらに散っている試作を見せた。

「まるで、タンスの奥から出てきた祖母の形見のようじゃないか?」

「焼きいもを食べている時にひらめいたんです。」

「焼きいもねぇ。」

「新聞紙に包んであるでしょ?食べながらお茶を飲んでいたら、しずくが紙の上にタレんです。」

「なるほどな、それでこれもお茶のシミか?」

「いいえ、紅茶をたらしてみました。」

「わら半紙に紅茶をたらしたものを売るわけにはいかんだろうが?」

「わかってます。」

私は主任とやり取りしながら思った。

やっぱり彼が一番よく私を理解してくれているのだと。

結局、話しはこういう結末で終わった。

「正月用にもう少し煮詰めたらいいかもしれない。君はどう思う?」

「主任と同意見です。」

「決まったな、午後は私に同行してくれないか?椿本華のショーがある。観たいだろ?」

「いいんですか?ありがとうございます。」

椿本華は有名な和装デザイナーだ。

彼女がデザインすると

和服がドレスに見えてしまうところに魅力があった。

見学したショーは素晴らしかった。

小物も充実していた。

ファッション誌の取材陣もかなり来ていた。

モデルが引き上げてゲストも皆帰った。

ショー会場も照明が消えて

最後に残った主任と私はロビーにいた。

「徹さん!お待たせしてごめんなさい。」

その声は椿本華だ。

「彼女は部下の仁科理沙。」

「初めまして、素晴らしいショーでした。」

「ありがとう。徹さんの部下にこんな可愛い女性がいるなんて、思ってもみなかったわ。」

「華先生は主任とお知り合いなんですか?」

「ええ、そうよ。昔恋人同士だったの。」

「大昔のことだ。」

「そうなんですか?私、お邪魔ですよね?」

「いいのよ、徹さんより、今夜は理沙ちゃんと楽しむから。さ、行きましょう。お腹がペコペコよね?」

三人で食事した。

私は華先生に気に入られてしまった。

「理沙ちゃん、もっと飲みなさい、遠慮しないで。徹さん、もう1本オーダーしてちょうだいね。」

「華、ダメだ。君だってもう何杯も飲んでる。」

「あん、つまんないわねぇ、理沙ちゃん。徹さんたらいつもこうなのよ。彼の目の届かない所でなら羽目を外せるかもね?」

「華、私の部下にけし掛けるなよ。」

「理沙ちゃんの取り合いになっちゃうわね?」

華先生はコロコロ笑った。

「華先生、どうして主任と別れたのですか?」

「あら、理沙ちゃん、あなた徹さんのことが好きなの?まあ彼は今でもいい男だから、若い子達に囲まれてるかもしれないけど、彼と別れた理由は私にあったの。徹さんは何も悪くなかったのよ。私がつい年下の子と浮気をしてしまったものだから。ね、そうだったわよね?」

「まあな。」

「理沙ちゃん、男と女っていろいろ複雑に絡み合って、いくら時間をかけてもほぐれないものってあるの。少しはタメになったかしら?」

「はい、勉強になりました。」

「素直ねぇ、羨ましいくらい。」

「もう遅いぞ、そろそろお開きにしよう。」

「理沙ちゃん、タクシーに乗せてあげるわ。私は徹さんに送ってもらいたいから、また今度お食事しましょうね。」

「ありがとうございます。とても楽しかったです。」

「仁科、気をつけて帰れよ。」

「はい、失礼します。」

私はタクシーの中で思った。

昔の恋人と今でもああして付き合えるなんて、素敵だと思った。

主任も華先生も大人なんだわ。

私もあの二人のようになりたい。

華先生のような大人の女性に憧れちゃう。

この後は主任とやっちゃうのかしらと思うとなぜかドキドキした。

翌日。

「おはようございます。昨日はありがとうございました。」

「いや、遅くなって悪かった。」

主任は気だるい視線でチラリと私を見て言った。

「午後マーケの磯崎主任が来るから、何か情報が欲しかったら昼までに出してくれれば渡しておくが。」

「わかりました。リストにします。」

私は自分のブースへ戻った。

内野主任と華先生、昨夜はどうだったのかしら?

気になって仕方がなかった。

昔愛し合った仲だもの、お互いに知り尽くしているんじゃないかしら?

私ったら朝からこんな妄想するなんて、どうかしてる。

欲求不満もいいとこだ。

マーケティング部の主任は磯崎麗良。

私が言うのも何だけど、麗良主任はパーフェクトなキャリアウーマンだ。

女性社員の羨望の的でもあるし

男性社員を完全にメロメロにさせていた。

「見て、麗良主任よ、素敵よね。」

「私、うっとりしちゃう。」

廊下ですれ違っただけで、この賛美の嵐だった。

ところが、デザイン部の内野主任だけは彼女になびくどころか

どうとも思わないのか、美意識がないというのか、麗良主任を普通にあしらうのだ。

私は密かに考えた。

そして知ってしまった。

週に2、3度、麗良主任はデザイン部に顔を出していた。

主任と会議室でミーティング中の彼女が

カモシカのような素晴らしい美脚を彼の長い脚に絡ませていたのを

以前私はお茶出しした時に偶然目撃してしまったのだ。

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