野獣は甘噛みで跡を残す
「仕事って言えば、」

 自分のことで頭がいっぱいだったけど、はたと気付いたことがあり、弾けるように顔を上げた。

「白石君、仕事は何してるの? 今日は休みだったの?」

 今は何時かと部屋の中を見回す。

 と、ちょうどカウンターキッチンのカウンターの隅にあった、アートスティックな置時計が目に止まり、数秒何時かと考える。

………だいたい、十時過ぎかな。

 たぶん。

 そしてたぶん、今、目が合った白石君は私がどうして数秒固まっていたのかが分かったんだろう。

 意味もなくへらっと笑う癖を見せてしまうと睨むような目付きで見据えられた後、テーブルの上に頬杖を付き、顔を右へ傾け上目を寄越す。

「会社員ってわけじゃないから平気」

「え、会社員じゃない………って、もしかして社長やってるとか?」

 だとしたらこの部屋も頷ける。

 けれど白石君は「違うわよ」きっぱり否定し「じゃあ………」何してるの? 目線で問いかけると、呟くような声音で一言、溢した。

「漫画家」

「え?」

「だから、漫画描いてんの」

「漫画? えっ、凄い! いつの間に? 高校生の時は喧嘩ばかりしてたのに!」

「うるさい」

「えっ、でも本当凄いね。全然知らなかった、色々」

「そりゃそうよ。親しか知らないし、ペンネームで描いてるんだから分かるわけないわ。この口調だって、昨夜は色々突っ込まれそうで面倒だったから隠してたしね。まあそもそもアタシに話しかけてくる奴なんて蒲田くらいだったけど」

「そんなことなかったよ。確かに蒲田君は白石君が初めて同窓会に来たって喜んでたけど、それからすぐ囲まれてたじゃない。主に女性軍に。白石君、高校の時にも隠れファンがいたもんね」

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