君を愛していいのは俺だけ

 ふと執務室を見遣ると、スーツジャケットを羽織って出かける支度をしている彼が見えた。

 スケジュール通り、これから終日外出するようだ。
 今日はもう会えないと思ったら、ちょっとさみしくて、つい彼の姿を焼き付けてしまう。
 明日も明後日も会えるし、連絡だって取れるのに……どうしてこんなに切なくなるんだろう。

 生まれて初めての社内恋愛は、とてももどかしい出来事ばかりだ。

 仕事以外の話はしにくいし、私用で彼の時間を割くのは気が引ける。
 堂々と彼を見つめていたくても、周りの目が気になってしまう。
 働いている背中を見ると抱きつきたくなる衝動に駆られるけど、もちろんそんなことはできるはずもなくて。


「じゃあ、あとはよろしく」
「行ってらっしゃいませ」

 出かけていく彼を、社長室の一員として見送るしかできなかった。


< 312 / 431 >

この作品をシェア

pagetop