イジワル騎士団長の傲慢な求愛
「揺れに少し酔っただけ。すぐに良くなるわ」

正直、胸がムカムカして吐き出しそうだったが、このくらいで根をあげるわけにはいかない。
甘えが許されないその厳しい現状を、フェリクス自身もよく理解していた。
やるせない顔で唇を噛みしめて、目を伏せる。

しかし、突然フェリクスは思い出したかのように呟いた。

「……もしも、あの舞踏会で出会った男性と良縁を結ぶことができれば、セシル様は幸せになれるでしょうか」

セシルは目を見張る。

「なにを言っているの。だいたい、相手がどこの誰だかもわからないのに」

「あの場にいたことと身なりを考えれば、伯爵以上の爵位を持つ方であることは明白です。あれほど明るい髪色を持つ貴族もなかなかおりませんし、探し出すことは不可能ではないかと」

思わず頭に浮かんできてしまうのは、揺れる白金の髪、深蒼の瞳、男らしく鍛えられた体と大きな手のひら。
あれ以来、セシルの心の中に頻繁に登場しては、胸の内を引っ掻き回して消えていく。


――いずれまた会える――

ふと蘇ってしまった甘い言葉を、セシルは慌てて首を振って掻き消した。
セシルの使命はただひとつ。アデルとしての人生をまっとうすること。

仮面舞踏会に行こうなどと考えてしまったこと自体が間違いだった。

男として生きることを強要されたセシルが、ドレスを纏い着飾ることへ羨望を抱いたとしても、責められはしないだろう。
けれどそれは一夜だけの話。いい加減現実と向き合わなければならない。

「話は終わりよ。ひと眠りするわ」

強引に話を切って瞳を閉じたセシルに、フェリクスもこれ以上は食い下がることができなかった。

「失礼致しました」

それを最後に、馬車の中は沈黙に包まれた。
夜までには王都に辿りつくはずだ。
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