英雄は愛のしらべをご所望である
英雄の唄

白い壁に、ワインレッドのカーテン、淡い光を放つお花のような形のランプ。落ち着いた雰囲気が漂う空間に等間隔で並べられた赤茶色の丸テーブル席は、多くの客で埋まっている。

お酒や食事を楽しむ彼らの視線の先は、この店の売りである中央に設置された小さなステージ。
眩しいほどの光で照らされたそこには、腰まである癖一つない艶やかな赤い髪を肩の高さで緩く一本に結び、憂いを帯びた翠の瞳を伏せ、細くしなやかな指でハープを弾く人物がいた。


「悲しみや苦しみが世界に溢れし時
黒き英雄は剣を掲げる
どれだけ赤に塗り替えられようと
その黒は何色にも染まることなく
太陽を隠す雲を取り払う

讃えよ
光を取り戻し、愛を取り戻した彼の剣を
慈しめよ
黒き英雄が繋いだ未来を」


まるで物語から抜け出してきたかのように儚げで美しいその人の口から紡ぎ出される声は、高くも低くもなく、すっと心に染み込んできて、歌を聴く者たちは感嘆の息を溢さずにはいられない。

そして、目立たぬように壁際に立っている女性もまた、他の者たちと変わらぬ表情でステージ上の人物へ熱い視線を送っていた。


「いつ聞いても師匠の『英雄の唄』は美しいわぁ」


感心したように何度も頷いていた彼女、セシリアは、ステージ上でハープを弾いている人物からのもの言いたげな眼差しを受け、ハッと我にかけると、慌てて客の周りを歩き出した。
セシリアが手に持っている籠の中に、次々と貨幣が入れられていく。ズシリとした重みは、相手に歌が届いた証だ。

大きな拍手の中、神々しいほど美しく整った顔に笑みを浮かべ、うやうやしく礼を取り、ハープを片手にステージから降りてきたその人は、店のバックヤードへと続くドアの前で一度礼をし、姿を消す。
セシリアも見苦しくない程度に早足で、ドアの奥へと身を滑り込ませた。

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